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飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #19 ~同期とのサシ飲みで気づいたこと

3月半ば。

検証環境での結合テストがテストチームによって進められている。

開発側のテストを少し厚めにするよう差し戻した関係で、開発スケジュールは2週間おした。その分結合テストでは当初Input系でバグが多発したものの、その後は爆発的になることはなかった。
ただしちょいちょい不具合は上がっている。

5月のリリースはかなり微妙。このままな~んにもなければ行ける状態。

しかしまだこれから移行検証、システムテスト、リリースリハーサルがある。
何もないわけがない。

…とチームメンバーはみんな言う。

僕は前田さんとスケジュールのバッファについて検討していた。

「結合テストにおけるバグ解消度はまずまずですね…。オフショアチームのテストメンバーをそのまま開発チームにアサインしておいて良かったです」

「次長もおっしゃってましたけど、このメンバーは契約上の関係でテストチームに戻すのが難しいので、システムテストと移行データ検証で人手を解消しなくてはなりませんが」

「はい、それは鈴木課長にお願いしてきました」

* * * * * * * * * *

僕は以前、後から五月雨で要求を追加しないようにお願いして、ちょっとケンカになった鈴木課長に、テストの協力をお願いしに行っていた。

「鈴木課長、本日は折り入ってお願いがあります」

鈴木課長はチラリと僕を見ると意地悪げに口を歪めてニヤリとし「なんだ?」と訊いた。

「年度末でお忙しいのは重々承知なのですが、4月にシステムテストがいよいよ開始されます。テストチームもいるのですが、こちらの部署の方が特に使用されるシステムですので…ユーザー目線でモンキーテストをお願い出来ないかと」

「モンキーテスト?」

モンキーテストとは、ざっくり言えばとにかくいじり倒すテスト。そう、猿が闇雲にキーを叩くことを語源としている。

「もちろんテストシナリオは、こちらの部署の方の協力も得てその手のプロがきちんと作っていますが、あえてユーザー目線で、シナリオ抜きにしていじってみてもらいたいのです」

* * * * * * * * * *

結合テストでおおよそのバグを潰し、システムテスト環境でいじってもらうことで、想定しない問題が起こらないかどうかを確認しようと思った。
これはチームメンバーと話し合い、そして野島次長の許可を得ていた。

当初予定していなかったテストだが、追加要求も受け入れてきたし、リリース前にあれこれ触ってもらった方がいいだろう、という意見があった。

おそらく野島次長を含め上層部は、リリースの遅延はもう見込んでいるようだったし。
そもそも次長はキックオフ前から「無茶なスケジュール」って言ってたし。

「それで…了承していただけたんですか?」

前田さんが前のめりになって訊いてきた。

「はい。僕もう鈴木課長とはツーカーの仲ですよ」

ツーカーは言い過ぎだが、僕は何かと鈴木課長に相談に行ったりしていた。

野島次長に言われた、嫌いな人ほど懐に潜り込め、を実践した。

鈴木課長は単純な人で、僕が下手に出て頼る素振りを見せるとまんざらでもなさそうに話を聞いてくれたり、協力してくれたりした。
その内苦手意識もなくなり、何だかかわいらしい人にも思えてきた。

『俺だってよぉ、一生懸命運用を支えてるのによぉ、運用ってのはほんっとに日の目を見なくてよぉ…』

僕は一度だけ鈴木課長とサシ飲みに行き、彼のグチを延々と頷きながら聞いてあげた(もちろん右から左へ流すのだ)。

その次の日辺りから、鈴木課長の態度が変わってきたのだ。

僕は思わず "シメシメ" とニヤついた。

嬉しくてこの事を野島次長に報告すると、次長は

『変わったのは鈴木課長じゃない。飯嶌の方だ』

と言った。

『え、でも鈴木課長が意地悪を言ってこなくなったのはすごい変化だと思うんですけど』

"でも" と言ってしまった僕を軽く睨むと、野島次長は続けて言った。

『お前が変わったから相手も変わったんだ。何だアイツ、と思っていた相手に対して、お前が接し方を変えただろう。物事を変えるきっかけは常に自分の中にある』

そして僕の肩を叩いて『良かったな』と言ってくれた。

僕はますます嬉しくなり、さらにニヤついた。

「そうでしたか。飯嶌さん、やりましたね」

にっこり微笑んだ前田さんにそう言われ、僕は頷いてシステムテスト工程にモンキーテストの期間を追加した。
シナリオに影響しないように、タイミングは図る必要がある。
1回目のシステムテストの後半で、モンキーテストの時間帯を入れようと、各部門に調整した。

* * * * * * * * * *

定時を少し過ぎて調整後のスケジュールをWBS担当の橋本さんに連携していた時、

「よぉ、優吾!」

同期の中澤が僕の席の近くまで来て声をかけてきた。

「中澤。年度末で忙しいだろう」

そう言うと中澤は「まぁな」と答えた。

「なぁ、今日の夜、どうだ?」
「え、あぁ、特に予定はないけど…」
「じゃあちょっと行こうぜ」

同じ部の同期なので、外回りの中澤が社内にいる時は一緒にランチに行ったり、月に1度くらいは飲みに行ったりはしていた。

こんな風に中澤は割と唐突に誘ってくる。
僕も断る理由はほとんどなく、毎回付き合っていた。

* * * * * * * * * *

就業後、僕たちは2人で飲む時にいつも行く居酒屋に行き、生ビールで乾杯をした。

「プロジェクトも佳境だな」
「うん、まぁこれから大嵐になる予感もするけどね」
「確かにな」

僕は中澤がいつもの様子と違ったので、なにか話したいことがありそうだけど、と話を振ってみた。

「実は…4月に昇進することになった。今日内示を受けた」
「マジか…」
「うん、主任だ。あ、まだ周りには内緒な」

そうか。僕たちも来月6年目だ。もう役職が付いたっておかしくない。

僕は元々出世欲はなかったし、中澤は誰よりも早く上がっていくだろうなと以前から思っていたからやっぱりなと思ったが、やはり少し複雑な心境だった。

「お…、そうか。やったな! 今日は飲もう! あれ、こういう時は僕が奢るのか? それとも出世した奴が奢るんだっけ…」

中澤はハハハッと笑って「割り勘で行こうぜ」と言った。

そして僕のジョッキにはまだ半分近く残っているのに、中澤は「生2つ!」と追加で注文した。

「俺、入社後の配属からずっと企画営業部じゃん? 野島次長とは同じ課になって直接の先輩になった時もあった。その時からずっと "この人みたいになろう" って目標にしてきたんだ」

「前から同期会でも次長のこと、よく話してたしな」

「恵まれたと思う。目標に出来る人が身近にいたお陰で、こうして認められたと思う」

もし僕も、新人の時にあの人の下に付いていたら、今は中澤の立場になっていただろうか。

なんか違う気がする。当時の僕がただあの人の背中を見て追いかけたいと思ったとは、思えない。

「でもよ、お前もさ、時間の問題だろう」

「え、ぼ、僕が? そんなわけないでしょ。僕は中澤みたいに強いリーダーシップなんてないしさ」

「でも次長はお前のこと、すごく評価してるだろう」

中澤は僕の顔を覗き込むようにして言った。

「次長が? 僕を? どこで?」
「考課面談とかで話したりしないのかよ」
「考課面談は部長とやったし、ものすごい褒められたりなんかしてないぞ…お前は次長とそういう話するのか?」
「まー、俺も次長とは飲みの席で話してるだけだけどな」

野島次長は中澤のことを "朔太郎" と名前で呼んでいて、仲良いんだなとは思っていたけれど、そうやってサシ飲みすることだってあるよな。部下なんだし。

僕はその時、ちょっとした妬きもちに似た感情が湧くのを感じた。

ん? 何なんだこの気持ちは…。

「中澤は次長とはよく…飲みに行くのか?」
「たまにな。ご近所の優吾ほどじゃないと思うけど」
「近所だからってそんなに飲みに行ったりはしないよ」
「でも俺は家に行ったことなんかないぜ」
「…」

中澤は枝豆を口に放りながら、遠くを見て言った。

「お前がうちの部に来るって聞いて、次長が引き抜いたっていうのも聞いて、最初は不思議に思った。何の接点もなかったはずだし、わざわざなんで優吾を? ってさ」

「ま…そうだよな。僕もそうだったから…」

「俺はたまたま部下になったけど、優吾は引き抜かれて部下になった。俺、直接次長に聞いたんだ。どういう経緯だったのかって」

「えっ…」

中澤はずっと枝豆を食べ続けていた。

「…あんまりはっきり教えてくれなかったけどな」

「そうか…」

「お前は知ってるの? 本人から聞いた?」

「うん、まぁそういう話はしたことあるけど…」

「俺、なんか羨ましくなっちゃって」

中澤はそう言った後、照れくさそうに笑った。

「みっともないな。そういう妬き方」
「あ、いや…」

僕は以前野島次長に言われた『お前のような屈託のない人間が必要だった』という言葉を思い出していた。

中澤に比べれば、確かに野心はない。

だから5年間うだつも上がらず、次長からも『給料泥棒でいいのか』と言われた。

中澤はすぐに次長に憧れたと言ってるし、同期の中でも野心家の方だなと思っていた。

言ってみれば企画営業部は、中澤みたいな奴がいっぱいいると思う。

それは、そういう人が集まる部署だからだ。

次長がその筆頭だし、部長も役員に顔が利くから、ほとんど自席にいない。

だからか。僕みたいな奴を異動させたのは。

次長にとって必要な人間で、そんな僕を、どうにかしようと思ってくれた。

僕は何だかすごく嬉しくなって、ムズムズとした気持ちになった。

そんな僕の顔を見て、中澤もニヤニヤした。

「よーし優吾、今日は飲もうぜ! お互いの将来のために」

「え、ちょ、今日まだ平日…」

「お前が初めに今日は飲もうって言ったんだろう? いいからいいから!」

* * * * * * * * * *

翌日の僕は、予想通り死んだような顔をしていた。

前田さんには一日中、怪訝な顔をされた。

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第20話へつづく


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