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飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #14 ~褒め方

年が明けて数日が経った。
年明けから相変わらず細々と問題が起こり、僕はチームメンバーの協力のもと対応に追われていた。

そんなある日の午後。

「飯嶌、ちょっと」

次長が僕を窓際に呼び寄せた。

「何でしょうか?」

「悪いんだけど、前田の様子を見てきてくれないか。休憩室にいるから」
「え?」

振り返ると確かに、席にいない。しばらく前からいなかったか。
あまり気にしていなかった。

「僕がですか?」

僕は不思議に思った。野島次長はそういう事を頼む人ではないと思っていた。
しかし野島次長は静かながらも厳しい表情で言った。

「そうだ。ちょっと行って見てきてくれ」

僕は気圧される形で、休憩室へ向かった。

休憩室の窓際の席で、前田さんはぼんやりと外を眺めていた。
僕はコーヒーを1杯手にして近づいた。

「前田さん」

恐る恐る声をかけると、ハッとしたようにこちらを見た。
慌てて目元を拭う仕草を見せた。

「あ、あの、大丈夫ですか…?」
「大丈夫です、ごめんなさい。長いこと離席しちゃいましたね」

僕がコーヒーを差し出すと「ありがとうございます」と受け取った。

「あの…何かありましたか? 僕が訊いちゃまずかったりしますか?」

前田さんは一瞬、思いつめたような険しい表情をしたけれど、すぐに力を抜いて言った。
「何もないです。大丈夫です」
「次長が心配していましたよ」

そう言うと、再びサッと険しい表情になり、窓の方へ顔を逸した。

お…? 野島次長と何かあったのか…?

だから次長は僕に頼んだのか?

そういえば前に3人で飲んだ時も、今に似た感じを思ったんだよな…。

「いけないですね、次長にまで心配かけて。すぐ戻ります」

顔を逸したまま、そう言った。

「前田さん、次長と何かあったんですか…?」

僕が言い終わらないうちに、「何もないです」と強く言い放った。

「あ…すみません…。変なこと言って」
「いえ」

僕はそれ以上の言葉をかけることが出来ず、自席に戻った。

* * * * * * * * * *

野島次長は席を外していた。

席につくとため息が出た。
本当に僕は役に立っているのか…?

気を取り直そうとBacklogを開き、タスクの進捗状況を確認する。
メンバーからQ/Aのタスクがいくつか挙がっていたので、知っていそうな担当者を探して割り当てを行った。

しばらくすると野島次長が戻ってきて、僕の所に来た。そしてすぐに訊いた。

「前田はどうした?」

「あ、休憩室にいて…ちょっと疲れた様子、でした…。大丈夫とは言ってましたけど」

「そうか」

僕は野島次長の表情を読もうとしたけれど、よくわからなかった。

「次長、前田さんに何があったか、ご存知なんですか」
「いや」

野島次長も短く言うまでだった。
それでも僕が黙って見ていると、次長は振り返って言った。

「さっき役員会で、ひと悶着あったんだ。それを前田が責任を感じてしまったようで。俺が悪いだけなんだけど」

「前田さん、次長をかばったんですか」

「とにかく、ちょっと彼女のケアを頼みたい」
「は、はぁ…」

理由は教えてくれなかった。少しズルいなと思う。僕に頼んでおいて大事なことは話してくれないなんて。

次長は再び席を外し、少しして前田さんが戻ってきた。何事もなかったかのように。さすがだ、と思った。

「前田さん、開発チームへのQ/Aがいくつが上がったので、わかりそうな人に直接振りました」
「はい、それでOKです」

しばらく仕事の話をした後、切り出した。

「前田さん、今日良かったら、晩飯食いに行きませんか?」

「えっ?」

「あ、誤解しないでくださいよ! 僕は彼女がいるので! 下心は一切ありません」

「飯嶌さん、気を遣わないでくださいね。本当にもう大丈夫ですから」

「いえ、そういうつもりじゃないんです。前田さんは大切な仲間ですし、これからもカットオーバーに向けてハードな日々が続くので、たまには息抜きもしましょうよ。2人だけだと問題なら、中澤とか…あ、橋本さんとか、声かけましょうか」

前田さんはちょっと考え込んだが「どちらでも…」と言ってくれた。

* * * * * * * * * *

結局中澤も橋本さんも急には捕まらず、2人で行くことになった。2人とも相手が前田さんとあって、地団駄を踏むほど悔しがっていた。

「来週なら都合つくから、是非また企画してくれって言われちゃいました」

そう言うと前田さんは笑顔になった。
少しは元気になってきたかな。

美と健康のため、外食に厳しい前田さんに店を選んでもらった。
でも意外にも、大衆居酒屋だった。

「前田さんもこういうお店に入るんですね」
「飯嶌さんに合わせてチョイスしたんです」
「えー、嬉しいのか悲しいのか微妙だなぁ」

僕はレモンサワー、前田さんはビールで乾杯した。

それでも流石に前田さんは炭水化物は食べずに全部僕によこしてくれた。揚げ物は嫌いじゃないのか、少しだけつまむと、とっても美味しそうに食べていた。

それにしても役員会のひと悶着って、一体何があったんだろう。
あまりこちらからしつこく追求するのは気が引けた。

しばらくは仕事の話や、同期やチームメンバーの話をしたりしたが、僕はこの先もモヤモヤすると思ったので、やはり思い切って訊いてみた。

「次長がちょろっと話していたんですけど…今日、役員会で何かあったんですか?」

それまでの楽しげな表情が一気に引いてしまった。

「…大したことではないです」

「前田さんって、たまに次長にめちゃくちゃ遠慮している時ありますよね? らしくないって思う時があって。どうしてなんですか?」

やはり前田さんは、次長に関する話題に過剰に反応する気がした。

「そんなこと突っ込んでどうするんですか?」

「僕、前田さんは次長のことが好きなんじゃないかって思って」

前田さんの表情が凍りつく。昼間、休憩室で見せた顔と同じだった。

「飯嶌さん、そういうことは言わない方がいいと思います」

「迷惑かかるからですか? でも実際今、誰かに迷惑かけてますか? 前田さん、めちゃくちゃしっかり仕事しているじゃないですか。その中で想うだけだったら別に迷惑なんてかからないですよね? 僕、いいと思うんです。好きになるのって自然なことだし。次長って男性からも女性からもモテますし。誰かが好きになっちゃったっておかしくないじゃないですか。もちろん奥さんも子供もいますから、家庭を壊すようなことはダメですけど…」

「でも言ってしまったらダメなこともあります。言葉にしたら動き出してしまうからです。そうしたら本当に止められなくなります。そうなったらダメなんです」

「じゃ、やっぱり前田さんは次長のこと…」

前田さんは唇を噛んで目を逸らした。

「私は何も言いません。飯嶌さんもこれ以上は詮索しないでください。こんな話題も社内外問わず、しないでください」

僕はその雰囲気に圧倒された。

「ごめんなさい。もう考えないようにします。でも...」

「でも、なんですか?」

「前田さんも、僕にとって大切な仲間です。辛いこととか嫌なこととか、何とかしてあげたいって思います。これは次長の教えでもあります。リーダーとしてはとにかく身体を相手に向けて、真正面から向き合えって。まぁただ、他人の恋愛なんて僕の人生には何の関係もないのだからあれこれ詮索するなとも言ったんですけど。
前田さんは仲間なので。今までの僕だったら、それこそ誰かが困ってても、そっちは自分には関係ないって思ってました。今回はもしかしたら恋愛ネタ絡んで、首を突っ込む・突っ込まないの線引が曖昧になってるかもしれないですけど」

前田さんはそれまで頑なな表情だったが、ふっと力を抜いて微笑んだように見えた。

「気持ちはありがたいです」
「いえ、なんか…すみません」

そして前田さんは語りだした。

「今の時代、人のふり見て我が振り直せとか、先輩の背中を見て学べとか時代遅れなのかもしれませんが、次長は今、飯嶌さんにたくさんの手本を示してくださっています。見様見真似でもいいですし、取り入れていってもらえたら、気づくことがたくさんあると思います」

「そりゃもう、大きすぎる背中ですけど、間近で見ることが出来て本当にラッキーだと思っています」

前田さんはさらに笑顔になった。

「例えば、次長になにか報告をした時に、結構褒めてくださると思いませんか。指示とかは厳しいですけれど」

「確かに…。僕、初めて次長に褒められた時に、めっちゃ嬉しい気持ちになったんですよ。あの次長が褒めてくれたよって」

「そのあと、もっとやってやろうとか、モチベーションが高まりませんでしたか?」

「はい。もっと褒められたいから、期待に応えようと思いました」

前田さんは笑顔で言った。

「それです。リーダーはメンバーのやる気を引き出す必要があります。人は承認欲求の強い生き物ですから、認める・褒めるということは、その人のやる気を引き出すきっかけになります」

「でも褒めるって、難しいですよね。調子に乗られても困るなって思いますし」

「飯嶌さん、”でも” は次長から禁止されているはずです」
「あ、鋭いなぁ」

僕たちは笑った。

「褒めることは簡単ではありませんし、ただ闇雲に褒めちぎればいいわけではありません。どうして次長に褒められて嬉しいかと言えば、報告した内容や成果に対して、こういうところが良かった、と言いますよね。根拠を示してくださるんです。だから、ご機嫌取りとか、気を遣って褒めているわけではありません。そこなんです」

「あぁ…」

「飯嶌さんも、メンバーに対して素直な言葉で伝えていったらいいと思います。私にはよくメンバーのこんなところがすごいとか話してくださいますよね。それをご本人にも伝えるんです」

「なるほど」

前田さんは、ふっと一息ついて言った。

「次長には、私からこんな話を聞いたって、内緒にしておいてくださいね。黙って実践したら、次長も喜んでくれると思います」

「ちょっと騙すみたいで申し訳ない気もしますけど、そうします」

* * * * * * * * * *

僕の疑問はかわされた気もするが、不思議とモヤモヤは消えていた。

前田さんはたぶん、次長のことが好きだ。恋してるって意味での。
次長のことを話す前田さんの笑顔見ていて、なんとなく確信した。

でも、僕がほじくったところで何もならない、どうすることも出来ない。

応援はできないけれど、見守りたいと思った。

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第15話へ続く


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