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「あたたかいかき揚げそば」以外が頼めない

少し前から、よく行くようになった立ち食いそば屋がある。

店頭にある券売機で食券を買い、カウンターに出す時に「あたたかいorつめたい」「そばorうどん」を伝える。私はそこで毎回「あたたかいかき揚げそば」を頼む。

週2~3回、同じくらいの時間に行き、同じ注文をするので、覚えられたのだろう。次第に「あたたかい」「そば」を伝えなくても、「あたたかいかき揚げそば」が出来上がっている。最近はカウンターに食券を出すと同時に出来上がっている。

早すぎる。おそらく私が券売機に並んだ時点では作り始めているのだろう。もし他のそばを頼もうものなら、店員さんたちを混乱させてしまうに違いない。そう考えるとこのそば屋では、かき揚げそばしか頼めない。

他のそばを頼んでも文句を言われることはないと思うが、やっぱり他のそばは頼めない。
しかし例えば、誰かと中身が入れ替わることがあれば、このそば屋に行って「あたたかいかき揚げそば」以外を頼んでみたい。


誰かと中身が入れ替わることで、出来なかったことに挑戦できる。入れ替わりの映画は沢山あれど、『ザ・スイッチ』は 今までとは変わった入れ替わり映画だ。


父親が亡くなってからギクシャクしている母と姉に板挟みな女子高生のミリー。内気な性格のため、学校でも友人が多い方ではない。ある晩、母の迎えをまっていた彼女は、指名手配中の連続殺人犯ブッチャーに襲われてしまう。ミリーは必死に逃げるものの、ブッチャーの短剣が突き立てられた瞬間、二人の身体が入れ替わってしまう。

女子高生の身体を手に入れたブッチャーは、指名手配に恐れることなく暴れまわる。入れ替わりの謎を解くため殺人鬼の身体をしたミリーは、自分の身体を取り戻そうとするが・・・。

ブッチャーはいままで通り殺人を繰り返すのだが、ミリーは内気な自分を払拭していく。殺人犯に挑み、家族と向き合い、好きな人と距離を縮めていく。ワイルドな身体を手に入れたことで、少しずつミリーは成長していくのだ。

しかしそれだけでは本当に自分で出来るようになったとは言えない。借り物の力で、その瞬間パワーアップしているだけだ。本当に必要なのは、借り物の力が無くなった時に出来るようになることだ。

この映画が面白いのは、入れ替わった身体が元に戻ってめでたしめでたし、とならないことだ。
身体が戻った後に、ミリーは今一度ブッチャーと対峙することになる。それはミリーが本当に成長する瞬間でもある。

「内気な女子高生」と「残忍な連続殺人犯」という正反対な二人が入れ替わったことで、戦慄しながら笑える楽しい作品であるが、それにとどまらずミリーの成長譚としても楽しめる。


監督のクリストファーランドンがインタビューで「学生時代はとてもシャイだった。いじめられたりもした」と語っている。自身が学生時代に感じたことや経験をこの映画に取り入れているそうだ。

映画の中で女子高生の身体に入ったブッチャーが、ミリーをいじめていた同級生やいじわるな先生をめちゃめちゃに殺していく。

このあたりは監督自身のリベンジファンタジーでもあると思われるが、身体が戻った後のミリーを見る限り「コンプレックスをファンタジーだけで片づけてはダメ。現実の世界で勝たなきゃ」というメッセージも感じ取ることができる。


『ザ・スイッチ』は、観ているだけで悩みを忘れるような怖さ&面白さがあり、ミリーに注目してみれば悩みを乗り越える方法に出会える。何かに悩んでいる人はぜひ観てはいかがだろう。

私は「もし身体が入れ替わったらかき揚げそば意外が頼めるはずだ・・・」と思いながら、そば屋に行くことにする。


文:真央

編集:香山由奈

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