赤ちゃんの「シモワード」問題に対する我が家の最終解答!
20代前半、独身時代のことである。
いち早く子どもを産んだ子を交えて、友人みんなでホテルでお茶をした。
まず「ホテルでお茶」なんてセレブリティな状況が、我々にとってはめったにないことだったのだけれど、「赤ちゃん連れでも安心してお茶できる場所」として友人から挙げられたのがそこだったので、優雅に午後のお茶を楽しむマダムや商談前後らしきサラリーマンに囲まれながら、小娘たちは千円超えの紅茶やコーヒーをそろそろと飲んでいた。
そんな、いつもよりちょっとよそゆきな空気が漂うテーブルで、突然、その子が声を上げた。
「あっ、なんかクサい! ウンチしたかも!」
そして何の躊躇もなく、ベビーカーに横たわっていた当時ゼロ歳の彼女の息子をひょいと持ち上げると、そのまるまるしたおしりにバフッと自分の顔をうずめたのだ。
マ ジ で か !?
小娘だった私はおののいた。
その衝撃たるや。いくら自分の子どもといえども、紙・布越しのウ〇チ(心情的に伏字)に思い切り顔をうずめて、そのにおいをかぐなんてこと、世間の母親たちは普通にしているのだろうか?
いやいやでもウ〇チしてると見せかけて実はしてないかもしれないし……
「やっぱしてた!」
してたんかい!!
オムツ変えてくるねー、と去っていく彼女の後姿を見つめながら、私は一人考えていた。
そもそも大前提として、ここはホテルだ。
私たちは赤ちゃん連れに居心地のいい環境としてそこを選んだけれど、まわりにいる人たちはみんな、格調高いくつろぎを求めてここにきたんじゃないのかな?
せっかくの日常の休憩時間、ホテルでのリッチなカフェタイム。何が悲しくてウ〇チウン〇聞こえる中で、千円超えのお茶を飲まなくてはいけないのであろう。
そんなことを考えていたのは私だけだったのか。ほかの友人たちは何事もなかったのようにお茶をすすった。
***
そして10年後。
出先で「あれ? ちょっとにおう?」と思った私は、息子のおしりに鼻を当てようとしてハッとした。
やっとる。
私、あのときの友人と同じことやっとる……!
今から振り返れば、そりゃそうなのだ。
特に生まれたばかりの赤ちゃんはまだ腸が未成熟だから、一日に何回も水っぽいウンチをする。
ちょっとだけ漂うそのにおいが、においだけの気体(つまりおなら)なのか実体を伴っているものなのか、判断するのは至難の業だ。必然的にさーあ直接かいでみよう!ということになる。
さらにだ。赤ちゃんを連れていたら、
「あ、ウンチしたかも」
「じゃあベビールームに行こうか」
……という会話なしで外出することは不可能だった。
それまではなんとなく、どれだけ付き合いが長くとも、夫婦間おならをしたり、シモな言葉を口にしたりしないようにしてきたのだが(せめてもの恥じらい)、子どもが生まれたとたん
「ウンチ」「おしっこ」「(男の子なので)お〇ん〇ん」
は日常言語と相成った。
仕方がない、と言ってしまえばそれまでだ。だが、あの頃「こんな公衆の面前で大声で『ウ〇チ』って言っちゃうなんて!」と思っていた私の感覚も、決して間違ってはいないのだと思う。
たとえば、毎日家事を頑張っているおかあさん。楽しみは月に一度、学生時代の友人たちとホテルのティールームに集まって、アフターヌーンティーを楽しむこと。今日のスイーツは何かしら? サンドイッチは? スコーンは秋だからカボチャかしら……うきうきしながらアッサムの深みある香りを鼻いっぱいに吸いこもうとした瞬間、聞こえてくる
「あ、ウンチしたかも!」
……萎える。
赤ちゃんがそこかしこで排泄をすることと、誰かがホテルで優雅な雰囲気を楽しんでいることに、何の相関関係もない。
互いは互いを邪魔してはならないし、排除してもいけない。
気持ちよく子育てするためには、周りの人たちにも気持ちよく見守ってもらえるように努力しなくてはならない、というのが、この8か月で出した結論だ。
***
そんなわけで。
我が家では、「ウンチ」のことを「マニ」と呼ぶ。
理由は割愛する。しかしいつからか、夫婦の間で
「マニってる?」「かもね」
「マニのにほい」「オム変えよう」
「今マニ吉(まにきち)だ」「新しいのもってくるね」
と、まるで刑事たちが独自の言葉で犯人逮捕までの会話を紡いでいくかのように、なめらかにおむつ替えまでの会話を交わせるようになった。
隠語にしようと思って使い始めたのではないのだが(考えたのは夫)、いつの間にやら我々の中では便利な言葉として定着している。
これなら他人に不快な思いをさせることも少なかろう。
ぜひ、子どもがいるご家庭で、我が家の「ウンチの隠語」を考えてみてほしい。10家族いれば、10の隠語が生まれる。一つ一つの隠語は木の葉となって、言葉の森の中に隠れていくのだ……。
え? オムツに顔をうずめる件はどうなったかって?
そちらは、人の服から漂う柔軟剤の香りをかぐかのように、ふっと顔の前にズボンのしりを通過させ、ほのかなにおいをキャッチするにとどめている。
……絶対ばれていると思われるあたり、もう少し修行が必要だろう。