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四六時中の刹那 (6)

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コーネルの箱に詰まった詩的な感情と莫大な日々の追憶を読み込んだ私の脳は、爆発しそうな感情で時の隅にうずくまっている小さな子供を道連れに、地面を掘り続けた。そこを掘ればきっと出てくるんだろう。あの日捨て去ったあの辺の苛立ちとか、ずぼら過ぎるあんたの鬱憤だとかが。エキセントリックなあんたらとは薄っぺらい膜で隔てられている。その膜を破ってあんたらは私達をおかずに踏みにじる。搾取もいい所だ。燃やしてくれ、それか潰せばいいさ、そんな事は言っていない。ただそれがあんたらによってちょっと違うものになってしまうのが気に入らなかっただけさ。時代の流れに逆らえるのは死んだ者の特権さ。そんな事うそぶきながら港のガンマンたちが私を一斉に睨む。愛は永遠にこぼれ落ちるものなのだろうか?そんなこと言ってもあいつには届きやしない。あいつだってそのうち死んでしまう。でもな、あいつの死んだあと、あの搾取されなかった空っぽも、きっと同じような運命ってわけさ。
掘っても掘ってもちっとも何も出て来やしねえ。私は半分彼になりすまし残った箱を埋めた。
夕日がやけに見苦しい。あの喉元を過ぎ去った感情には名前があるのだろうか?

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意地悪なあなたは、まだ影法師のように付きまとう。
一度さじを投げたあの子はちょっと距離を置いてこっちを見ていた。
おめでとうと素直に言えないのは、あの日の絶望がまだそこら中に残っているから。
あいつを置いて私は消えた。
霧の中で手探りで見つけ出して、そしたら今度は甘いお菓子を買ってあげる。

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只いい写真を撮れるというだけで、私は意識高い系な女の集まりで心縮ませて飲めない酒をあおって宝石のような料理に箸をつけれず、これなら泥のような沼の底で意識低い仲間たちと身も心も全て任せて沈んでいきたいと思ってた。だってここは只の見栄の張り合いで共鳴も辛気臭い自虐も無くて、私は心がぎすぎすと痛んだ。いい写真は、只のアイテムだった。必須のアイテムを持った私に課されるのは、痛すぎるほどの善良さと誰も傷つけないであろう称賛。アイテムなんていりませんでした。私には痛みと、ほころびと、自虐の念しか必要ありませんでした。私は一等遠い場所へ行ってしまいます。そう言っていつもどこからも逃げてしまうのです。芸術が自己犠牲でしかない私にとって、称賛は只のゴミです。クズのような私に称賛は必要ありませんから、どうかだた私の作品を読んで、そう写真なんですけど、読んで何かを感じ取ってくれたらいいな、と思っています。私には書きたい事がうまく書き表せない、だから撮るのです。撮って撮って撮りまくって記憶を紡ぐのです。

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俺はリサになりたかった。リサのように光を纏って存在していたかった。リサの喉元で呼吸をやめないあいつをどうしても許せなかったんだ。そこはあいつの特等席でリサの吐息が絶え間なくそいつに降り注ぎ、それがどうしても気に食わなかったんだ。耳鳴りから始まった。耳鳴りはあいつの湿った笑顔から静かに地面を這うように俺の耳に届いた。耳の先から針をさすように陰湿に入ってきては底の方でいつまでもじじっ、じじっ、ってやめないんだ。その耳鳴りに狂った俺を次に悩ましたのは、肌を這うようなあいつの視線による光線だった。それは俺の肌を静かに焼き、目に見えない線を残した。その目に見えない火傷跡はいつまでもヒリヒリと沁みるんだ。そして俺は次第に眠れなくなっちまった。眠れなくなった後、毎晩あいつの生霊に悩まされ続けた。あいつは俺の秘かな願望や欲望を一つ残らず知っていて、リサの周りを離れようとしないんだ。こうなったら俺もヤケだ。俺の秘密がリサにばれては嫌われると思ったし、完璧にリサに近付くにはこうするしかなかったんだ。あいつを覗いたんだ。来る日も来る日も、リサに纏わりつくあいつを覗いて機会を待ったんだ。あいつには帰る家があった。あいつには愛しい家族がいた。あいつには地位も名声もあって、リサという親友もいた。充分すぎるくらい持っていたんだ。あいつはもう世界中の人間が切望するすべてを持っていたんだよ。だから、だから、何だって言うんだよ。俺はただあいつの皮を貰っただけさ。タカが皮くらいで大騒ぎするお前らの方がいかれてるよ。

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人間はちょっと他と違っている人間を見つけると排除します。最初の排除は保育園でした。排除は束縛でもありました。おかしいからこうあるべきですと言われた私はその意味をよく解ってはいませんでしたので、再び幼稚園でも排除されました。排除された者同士でつるみましたが、その子は引っ越していきました。その子がいなくなった二年生の日々、私は排除を恐れていたのでしょうか?記憶の片隅にあるのはトイレと図書館だけです。それが私の全てでした。集団生活で排除された私は、当然の事のように家庭でも疎外感を感じていました。三年生と四年生では排除された人間と再びつるめましたので、比較的楽でした。二年生の頃に受けた壮絶ないじめで、先生方も考慮してくれたのでしょう。しかし五年六年と再び排除がはじまりました。その排除は陰湿で、静かな排除でしたので私はこの世が地獄のようで死を考えたほどでした。先生と私を排除した人間で話し合いもしましたけれど、卒業した後そこに一人放りだされた私に待っていたのはさらなる苦しみでした。卒業という事はもうどこにも守ってくれるものがいないという事でした。守ってくれるものがいなくなった私は心に蓋をして、他の自分になりました。無理をして誰にでも好かれる少し不思議な女の子を必死で演じました。そしたら今までいじめていた、私を排除していた人間までもが私の事を仲間と認めてくれ、躊躇しましたがそれが楽だったのでそこからはずっとそれが私でした。排除される私も、人気者の私もどっちも私にとっては愛しい自分なのです。

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今日は料理をしたくないのでこのお金でハンバーガーを四つ買ってきてください。レタスと玉ねぎ無しでお願いします。私は残り物をつまむのでいりません。

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午前三時過ぎのファミレスでただ来ないあなたを待つ
海辺で見たモンシロチョウは潮をふって異界へと旅立つ
ねえ、知ってた?あなたの所にあの子はもう来ないって。だって昨日見たんだから、だから寂しいあなたと悔しい私は一緒に時を進むべきだと思うの。ふわりと朝霧を振り払い私はモンシロチョウに石を投げた。そんな気がした。でもそれは頭の中の出来事で、私なかなか減らないペッパーハンバーグをつつきながら、誰もいない店内に想像力でお花畑を出現させて涙を流すだけ。
あの子の隣にいたのはあなたではなかったと信じさせてくれないこの空気は私を憎む
塩梅のよい既製品を私は愛でる

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父さんの寂しい横顔をよく思い出す。寡黙な彼の頭の中ではいったいどのような物語が進行しているのだろうか、と時々真面目に考えたものだ。父さんは多くを語らず、多くを行動せず、多くを排除した。母さんはそんな父さんが嫌になってしまったのだろうか?それとも父さんは母さんが出て行ったからこうなってしまったのだろうか?夜釣りに出かけた父さんはもうずっと帰って来ないけれど、時々ふっとそこに父さんの寂しさを感じることがある。

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