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発達障害者の家族

私の両親は、
私が小学6年生、弟が3年生のころ
離婚しました。

私の父も発達障害です。
いや、正確に言うと、
発達障害だと思います。

もういい年ですし、
父の性格上、病院には行けませんが
そう確信しています。

そんな父のエピソードをいくつか。

小さい頃

遊園地に遊びに行ったとき、
アトラクションに乗るために
みんな並んで待ってるのに、
私の父は
「こんなに待ってられるか!ふざけんな!」
と遊園地のスタッフの方にキレたり。

家族でドライブ中
車が渋滞してくると
毎回毎回
何かに対して怒っていました。
毎回、楽しいドライブを台無しにしました。

私がピアノを習ってるとき、
家で練習をしたくないと
ワガママを言ったとき、
なぜか、
「お前はもう一生喋るな」
「部屋に篭って一生出てくるな」
と怒られたことがあって、
そのことはショックすぎて
今でも鮮明に覚えています。

あと、食卓で納豆を食べるとき
「いっぱい混ぜたほうが栄養がある」
とか言って、私が少ししか混ぜないことに対して
怒ったり、


そうやって自分の意見を絶対に曲げず
人に押しつけてくる人間なんです。

納豆の話は
めちゃくちゃ細かいことだけど(笑)、
こんなことが日常茶飯事でした。

それから、
お母さんに対する悪口が
とても酷かったですね。

普通に、
死ねとか、殺すぞとか、
あいつは頭がおかしいとか、
まだ幼い私と弟に
よく言ってました。

私は当時から
そんな父のことが全く好きになれず
むしろ大嫌いでした。

でもそれは実は愛情の裏返しだったみたいです。
私と弟のことを一番大事に思ってるからこその
行動や言動だったようです。


そして、両親が離婚する一番の原因となったのは
父の借金でした。

詳しいことは知りませんが、
両親の離婚後は
母の実家がある佐賀県に引っ越し
6年間佐賀の田舎で暮らすことになります。


2019年3月

発達障害という診断が下り、
もうお母さんとは一生一緒に暮らしたくない
と言う弟を
父のところへ預けることになりました。

その当時、
父には彼女がいました。

弟はその彼女さんに
いじめられたようです。

発達障害って、ただでさえ
見た目に出にくい障害なのに、
発達障害のことを全く知らない“赤の他人”と
上手に暮らしていけるはずがなかったんです。

そのことが原因で、
弟は再び母の元に戻ってくることになりました。


(その後父は彼女さんと別れ、
散々悪口を言ってました。)



母は障害者に関わる仕事をしているので、
弟に対する対応も少しずつ変わってきました。

それでも、
ぶつかり合うことは今もあります。

発達障害をもつ方は、当事者はもちろん
その家族まで疲弊していくっていう
パターンが多くあります。

うちの家庭はまさにそう。
「障害だから仕方ない」
で許せる範疇を超えることもしばしば。

いや、正確にいえば

仕方ない、と分かってる、けど、
その行動によって
母や私の生活にまで支障をきたす



が正しいかもしれません。

本人も苦しいし、
私たち家族も苦しい。

障害をもってても、もってなくても、
グレーゾーンだとしても、
生きづらさを感じながら生きている人って
きっと二人に一人くらいいるんじゃないか
と思うくらい。
私もその一人です。

もっと、障害者の家族に対してもフォーカスすると
生きやすい世の中に近づくんじゃないかなぁ
と思います。

もちろん、障害者のいるご家庭の中でも、
幸せに暮らしている方たちも
いらっしゃると思うので
一概には言えません。

もしかしたら、私の家庭が
変わってるのかも。


母子家庭ですし、
決して裕福な家庭ではありません。

それゆえに、
“障害があるから”と言って
許容できる範囲が狭まります。


それでもいつか、
弟にとっても、
母にとっても、
私にとっても、

生きててよかった!
頑張ってきてよかった!

と心から思える日が来ることを祈って。

ここまで読んでくださり
ありがとうございました。


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