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結婚の先延ばし

今回は、
この記事のつづき

 
 
結婚が人生のミッション
 
 

大げさな・・・・・・
 
そう、大げさ
 



今思えば、自分でも大げさだと思う。
 
 
ただ、当時のわたしにとっては、
これが紛れもない事実であり
 
現実
 
 

 
わたしが生まれ育った地域で、
結婚を
 
“ ミッション ” 

 
と捉えている人はどのくらいいるのかは
わからない。


しかし、
結婚することが
 
 

当たり前
普通


 
 
このままでは、
わたしも、早々に



結婚しなくてはならない
 
 
家族がひいたレールの上を歩く・・・・・・


そんな人生は嫌だ!
と思っていて。

 

結婚


についても考えたくなかった。
 
 
 



そんなわたしが、
自分の人生の方向性を考えたとき



本当にやりたいこと


それが、看護師


わたしが、
生まれて一番最初になりたい

と思った職業。


 
 

しかし、
“ 女は大学なんて行かなくても良い。
早く就職して、結婚する。それが幸せ “
 
 
と言われた。



当時は、今と違って看護短大はいくつもあったが、
大学は少なく。

全国で20校弱だったように思う。


なぜか大学にこだわっていたわたし。

1年でも長く親元から離れたかった・・・・・・




・国公立で隣県


それが家族の条件。



見事に撃沈。




結局、看護師を目指したい
という気持ちは変わらず、
 
県内の看護学校に通うことになった。
 
 


その看護学校は、付属の病院があり、
ほとんどの学生がそこに就職する。
 
しかし、枠があって、
それ以外の人は東京の本院に就職するか、
自分で就職先を見つける

の2択。
 
 

気がづいたら、附属の病院枠が埋まった。
( 今思えば、埋まるのを待っていた。確信犯(笑) )
 
後は、東京の本院か自分で見つけるか。
 
 

わたしにとっては、
家族から離れる
絶好のチャンス!


ここから、
わたしの結婚先延ばし作戦が始まった。


いかに自然に、
そして、家族に
” しょうがないよね ”
と思わせることができるか。
 
 



結婚を先延ばしにして、
住みたい場所に住んで、
自分がやりたいと思っていることをやる。
 


結婚までのわたしのわがまま



だと思っていた。
 



 
加えて、

大学に行きたい!
 
という気持ちは強く。
 
 

 
その前段階として、
まずは父に東京の本院で働きたいと伝えた。
 

少し時間はかかったが、
納得してくれた。
 
 


 

そこから、


わたしの
 帰ってくるくる詐欺
 
 
が始まった。
 
 
 
当初、
3年、長くて4年
 
と言っていた東京行き。
 
 

看護師として3年働き、
その後北海道の大学に編入し、
大学院に進学、
大学の教員を経験した
 
 

結局、実家があるところに帰ったのは
 
11年後・・・・・・
 
 



わたしがそこまで帰ってきたくなかったのは
 
やはり、結婚

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