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ショートショート3『昔ながらの金物店』

そろそろ調理器具や食器なんかを買い揃えないと。

僕は社会人3年目。最初の2年間は埼玉の実家から東京に通勤していたのだが、そこそこの営業成績と、実家住まいの身軽さを理由に地方都市の大きな支店に転勤になった。25歳にして初めての一人暮らしだ。

家具や家電は引っ越し初日に届けてもらったので、ある程度部屋としての形は成しているが、細かい日用品や調理器具はまだまだ揃っていない。
洗剤は無いけど洗濯はコインランドリーでできるし、食事もコンビニやスーパーで買えば道具は何も必要としない。
ミニマリストになる人の気持ちも分かるな、これは。

とはいえ、大した給料を貰っている訳じゃない。どちらかと言えば薄給だ。
節約の為にも自炊を始めようと思い立ったが、そのためには食器や調理器具が必要だ。

明日は土曜日。午前中から必要な物を買い揃えよう。
翌日の9時頃に起床し、商店街を抜けた国道沿いの家具量販店に向かうことにした。

地方都市の商店街は店舗の並びを見ているだけで楽しい。チェーン店と昔ながらの商店が混在しているからだ。
精肉店の2つ隣に牛丼チェーンがある。精肉店の息子が学校帰りに牛丼屋に寄ったら怒られるのかなあ。勿体ないって。
書店の隣には台湾ドリンクの店が建っている。書店の店主は「映える」を辞書で引いたりするのかな。
そのコントラストに想像力を掻き立てられる。

そんな事を考えながら歩いていると、今までは認識していなかった路地を見つけた。覗き込むが店舗は特に無さそうだ。しかし、そのノスタルジックな空気に惹かれ、僕は何だか吸い込まれるようにその路地に入っていった。

その路地には木造の民家がひたすら立ち並んでいる。けれど、ほとんどの家はもう誰も住んでいないようだった。所々には何も無い空き地がある。家を取り壊した跡かな。それにしても、一本路地に入っただけだっていうのに陽が昇る前のように薄暗い。

少し不気味に感じながら路地を抜け切ろうかという所に、一つだけ看板がかかった建物があった。

『金物店』

金物店か。行った事は無いけど、確か包丁とか鍋とかハサミとか、そういうのを売っている所だよな。
一応今日の目的と一致するし、しかも良い包丁を使っているって、ちょっと恰好良いかもしれない。

中の様子を見ようとガラス戸を覗き込むが薄暗くて中が良く見えない。
恐る恐るガラス戸を引く。

「ガラ…ガラ..ガラ」

建付けの悪い扉が動いた。自ら開けといて何だが、どこか動かない事を期待してしまっていた。でも、ここまで来たら引き返せない。まるで肝試しに来たみたいな気分だ。時刻はまだ午前11時前なのに。

ぼわぁと電球の明かりが目に入るが、店内も外に負けず劣らず薄暗い。
壁にはショーケースが掛けられているが、その中には何も入っていない。
中央には木製の陳列台が二台並んでいて、えんじ色のシーツがかけられている。ここにも何も置かれていない。
何で商品が無いんだろう。

恐る恐る、奥に目をやると「お勘定場」と書かれたプラスチック版が置かれた机の奥に老人がいる。恐らく店主だろう。黒のスラックスに黒の長袖ポロシャツ、頭には黒のチューリップハットを被っていて顔が良く見えない。

多分、目は合っている。けれど、謎の威圧感があって僕は何を喋っていいか分からなくなっていた。沈黙が続く。

「いらっしゃい」

店主が沈黙を破った。体感では1分くらいに感じる静けさだった。

「あっ、どうも。」

これが精一杯の返答だった。

「若いのに珍しいね。ゆっくり見て行っておくれ。」

これは突っ込んだ方がいいのか。トーンは低いけど結構ボケてくるおじさんってたまにいるけど、この人はそれか。
一か八かで言ってみる。

「いや、見て行ってって、何も並んでいないじゃないですか!」

店主の顔に目を向ける。
表情は変わらない。
「あぁ….。」
と低い声で言うだけだ。

これはミスを犯したかもしれない。僕が言った事は正論なのだが、おかしな空気になってしまえば、それは失敗だ。それが大人の社会というものだ。

「あの、商品はどこに….。」

意訳すると先程の突っ込みと同じ内容だが、今度は丁寧に聞いてみた。

「ああ、ちょっと待ってね」

店主はそう言って背後の暖簾をくぐり奥へ姿を消した。
ふう、ようやく気が休まった。会話のテンポなのか、声の低さなのか、それとも服装なのか、えもいえぬ緊張感のあるお爺さんだ。
もちろんこの時点で店に入った事を後悔はしているが、流石にこの隙に逃げ出すほど僕は人でなしでは無い。
しかも、金物店だ。包丁を持って追いかけてくる可能性もゼロでは無いだろう。

そうこうしている内に暖簾がめくれ、店主が戻ってきた。それと同時に、あの緊張感も戻ってきた。手には長方形の箱を持っている。

箱を開けて中の商品を取り出し、えんじ色の布の上に乗せた。
ゴトッという鈍い音が鳴る。

「これが、金属製のエアジョーダンね」

金属製のエアジョーダン?ん?
金属製のエアジョーダン?

店主は再び奥に消える。
ちょっと待って。もう少し説明してくれないか。
目の前には銀色に光るエアジョーダンが置いてある。
宇宙をモチーフにしたテクノバンドが履いていそうな質感だ。そんなバンドがいるのかどうかは知らないが。

再び現われる店主。
ゴトッという音と共に違う商品をエアジョーダンの横に置く。

「これが金属製のニューエラキャップだね」

それはもうヘルメットだろ。しっかりと”NY”というロゴも入っている。
コスモリーグのニューヨーク・スペース・ヤンキースのヘルメットにしか見えない。危険球なんてクソくらえ、といった佇まいで台に置かれている。

気付くと店主はまた奥に消えている。テンポが良いのは何よりだけど、まずは説明してほしい。奥からは「よいしょ」という太い声が聞こえてきた。次は何が来るんだ。恐怖とワクワクが交互に押し寄せる。こんな感情初めてだ。

暖簾をくぐった店主はひときわ大きい金属の塊を抱えて持って来た。
「ゴッットン」
台に置いた時の音もさっきよりもちろん大きい。


「金属製のノースフェイスのダウンね」

厚手の甲冑じゃないか。エアジョーダンとニューエラは百歩譲って理解できても、これは無理だ。だって腕が動かせないから。

ん?よく見ると肩の部分に切れ目のようなものが入っている。
恐る恐る腕の部分を触ってみた。
なんと肩部分がリカちゃん人形のように回る仕組みになっている。

こいつ…動くぞ!さながら、アムロ・レイな感想が飛び出た。最近配信サイトでガンダムを見ておいて良かった。

ここで、僕はようやく疑問を口にする。

「あの…これは何なんですか。」

店主は変わらず落ち着いた口調で語り始めた。

「最近、地方の商店街はどこも大変でね。商店街の中にも大手企業が進出してきて、国道沿いに大きな商業施設が出来ただろ。だから、深刻な商店街の若者離れへの対策でどこも色々とやってる訳よ。肉屋だったら唐揚げを棒に刺して売ったり、本屋だったら漫画本を入荷したりね。そこで俺は思い付いたのよ。うちは金物屋だ。若者の間で流行っている物を金属でコーティングすればいいんだと、ね。」

ああ、馬鹿なんだな。この店主は。
金属を扱う腕は確かでも、途方もなく馬鹿なんだ。絶対にもっとやり方あるって。金属でコーティングって、どういう発想なんだよ。
ポテトチップスをチョコレートでコーティングするみたいなノリで言いやがって。

「どうだい。いいだろこれ。買って行くかい。エアジョーダンは30000円で、ニューエラは8000円。ノースフェイスは85000円ね。」

高けえよ。定価より高く設定するな。それなら普通のやつ買うわ。
罵声を浴びせそうになったが、心を落ち着かせて質問する。

「あの、包丁とか鍋を探しているのですが。」

そう、僕の本来の目的はこれだ。

「あー、もうそういうのは置いてない。売れないもん。全部溶かしてコーティングに回しちまったよ。」

全部溶かしてコーティングに回しちゃったんだ。ていうか、そんな事出来るんだ。

「そういうのが欲しければ国道沿いの量販店行きな。来週には金属製のリーバイス551が届くから、また見においでよ。」

そんな金属の筒はいらない。ちょっと見てみたいけど。後ろに付いてるネームラベルとか、光ってて恰好良いんだろうけど。




買い物を終えた帰り道、再び商店街を通る。
夕暮れと、自転車で帰宅するお婆ちゃん。その光景にセンチメンタルな気分になった。これから僕はこの街の住人になるんだな、と。


昼間の事を思い出しながら、僕は精肉店でコロッケを、青果店でトマトを買って家路に着いた。


【終】


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