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ショートショート7『サラダバー』

猛烈に野菜が食べたくなる時がある。

普段の食事では肉と米と麺があればいいタイプなのだが、2カ月に一度の周期ぐらいで野菜を大量に摂取したくなるのだ。

身体が欲しがっているのだろうか。

野菜を求めて家を出る。定食屋やファミレスの前を通るがセットに付いているミニサラダなんかじゃ今の僕は満足できない。

最悪、スーパーに売っている袋詰めのサラダを2つくらい買って豪快に食ってやろうかと思い大通りに出ると、つい最近家の近くに出来たレストランの前に「サラダバー」と書かれたのぼりが立っている。立て看板にも「サラダバー」と書かれている。
今の僕にこんなにおあつらえ向きな店はない。迷わずその店の入り口に向かった。

さほど大きくないログハウス風の木造の建物。恐らくハンバーグレストランの類だろう。なかなかいいじゃないか。ワクワクしながら扉を開ける。

「カランコロンカラン」とKing of ベーシックなドアベルが鳴る。

小さな店舗内にはテーブル席が4つとサラダバーコーナーが広がっており、まるでアイスクリームショップの様だ。他にお客さんはいない。

「いらっしゃいませ」という声と共に若い女性が奥から出てきた。
肩まで伸びた金髪で、緑のエプロンをしている可愛らしい女性だ。

メニューと水を渡されそのメニューを開くと、左ページに”サラダバー 880円”と書かれていて、右にはドリンクメニューのみ。

サラダバーのみ?

僕がハンバーグランチなどのメニューは無いのかどうか尋ねると、彼女はこう答えた。

「ここはサラダバー専門店のサラダバーです。」

ほう、サラダバー専門店か。最近は色んな専門店があるんだな。
普段だったらすぐに店を出るところだがこの日の僕はサラダを求めているんだ。何も問題はない。

「へえ、サラダバーの専門店なんて珍しいですね。」
「そうなんです。多分日本にもそんなに数は無いと思いますよ。それがこのサラダバーです。」

うん、サラダバー専門店なの分かったけれども、何かムズムズする。
僕は「もう一度お願いします」と聞き直す。

「えっと、ここはサラダバーの専門店のサラダバーです。サラダバーが好きすぎてサラダバーのみを楽しんでもらうお店、サラダバーを開店しちゃったんです。」

海外に来たような気分になった。サラダバー、サラダバーばっかり言われると。僕は整理をするために「つまりサラダバーが好きが高じてサラダバー専門店を開いたって事ですよね?」と聞いた。

彼女はパッと表情を明るくしてこう答えた。

「そうです!それがこのお店、サラダバーです!」

その最後の”サラダバーです”だ。それがもの凄く気持ち悪い。サラダバーが好きすぎて語尾が”サラダバーです”になってしまったのか、この人は。

率直に聞くことにする。

「あの、その最後の”サラダバーです”っていうのは何ですか?」

「この店の名前です。サラダバーです。」

これは驚いた。店の名前にサラダバーと付けたのかこの人は。『ざ・めしや』と同じ手法を取っている女性がこの世にいるとは。
サラダバーなんてシンプルな名前ですね、と伝えると彼女は笑い出した。

「いやっ…サラダ場です。サラダの場所と書いて『サラダ場』!サラダバーとかけたんです。さすがにサバラダーのお店にサラダバーなんて付けないですよぉ。」

何だこいつ。そんなの聞き分けられる訳ないだろ。
あと確実に一回『サバラダー』って言ってた。何だそれ。鯖で出来たハシゴか。

そこで、僕は思い出した。外の看板には『サラダ場』ではなく『サラダバー』と書いてあった。どういう事なんだ。もちろん直ぐに訊いてみる。この女性への興味が止まらなくなっている。

「あ、あれは看板屋に電話で注文をしたんですけど、『サラダバ』って言ったらサラダバーになっちゃったんですよ。本当に困っちゃいますよね。」

そりゃそうなるだろ。対面でも聞き分けられないのに電話で『サラダバー』と『サラダ場』を判断できる訳がない。

若干来た事を後悔したが、野菜を食べたい欲は全く失われていないのでサラダバーとアイスコーヒーを注文する。

「今日は他にお客さんもいないし、1回『サバラダー』って言っちゃったのでコーヒーはサービスにしておきますね!」

理由はよく分かんないけど、ありがとう。
席を立ちサラダバーに向かう。

銀色のボウルが並んで、そこに瑞々しい野菜が並んでいる。かなり新鮮に見えるし、正直めちゃくちゃ美味そうだ。

6種類あるドレッシングも全て自家製でノンオイルだそうだ。

レタス、ヤングコーン、オニオンスライス、ラディッシュ、キュウリ、ツナ、焼きベーコンを木製のボウルに盛り付け、ニンジンベースのドレッシングを掛けて席に着く。

野菜だけでお腹いっぱいにするのもなかなか乙だな。

フォークを入れて一口目を食べようとしたその瞬間、まあまあの大きさの見た事のない毛虫がボウルの中にいたので、食べずに帰った。


【終】

#創作 #ショートショート #小説 #短編小説 #サラダ

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