つらくないわけないだろう
久しぶりに実家に寄ったら、母親の愚痴を散々聞かされた。どれだけ今まで苦労をしたか、どれだけ報われない人生を送って来たのか。
父親は他の女性と一緒に暮らしている。妹も弟も実家には寄り付かない。仕方がないから、私は母親の愚痴を、とりあえず頷きながら聞く役をやっている。
母親はあたしの無表情のリアクションの悪さに、大きなため息をついた。
「あんたみたいな冷たい娘、産まなきゃ良かった」
挙句の果てに嫌味を言われて、実家を出たときに電話がかかってきた。彼氏からだ。
『もう、うんざりだ』
電話の向こうの彼氏が言った。
「え?」
『俺さ、明るい女の子が好きなんだよ。言ったろ? なんか、いつも無反応で何考えてるかわかんなくて、付き合っててもつまんないよ』
「……そっか、ごめん」
『別れよう』
驚いている間に、通話は切れた。
一人暮らしのアパートに帰宅して、鍵を開けて部屋に入る。
「ぽんちゃん、フラれちゃったよ……」
飼っているセキセイインコに声をかけた。きれいな黄色い羽根のぽんちゃん。学生時代から一緒だった。実家から引き取ってきた、あたしの味方。
鳥かごに近づいていって、ハッとした。
「ぽんちゃん?」
ぽんちゃんは鳥かごの床の部分に横たわっていた。
「まさか……」
ぽんちゃんは、ひとりで、天国に逝ってしまった。あたしを残して。
スマホが鳴った。妹からのラインだ。
『ごめん、お姉ちゃん、今度のお母さんの誕生日も帰れないのでよろしく!』
弟からも帰れないという連絡をもらったばかりだった。
またスマホが鳴った。今度は電話だ。至急で頼まれた商品パッケージのデザイン画を納品した会社からだった。
『すみませーん、せっかく納品いただいたんですが、今回は不採用になりましたー』
「えっ?」
『元々のデザイナーさんが対応してくれたので』
「えっ、でも、料金は発生しますよね?」
『いえ、採用にならなかったのでお支払いはできません』
「はっ?」
至急対応だったから、契約もあやふやなまま仕事を進めてしまった。支払い請求をしてみるか、戦ってみても無駄か……。
頭の中がぐるぐるしているうちに、電話は切れていた。
「えっと……、えっと、あ、仕事の打ち合わせに行かなくちゃ」
約束があったことを思い出し、ぽんちゃんに手を合わせて、
「ごめん、後でね」
小さく声をかけて、部屋を出た。
待ち合わせ場所のカフェには、取引先の担当者が先に来ていた。いつも調子がいい男性営業マン。
コーヒーを頼んで、打ち合わせに入る。
「いやー、しかしいつも締め切りをきちっと守ってくれるので助かりますよ」
「締め切りを守るの、当たり前じゃないですか」
「ところがね、ルーズなデザイナーさんが多いんです」
「そうですか……」
「言い訳が、もうね、身内に不幸があったとか、病気になったとか、そんなんばっかりで」
「不幸があったのなら、仕方ないですよね」
「いや、嘘なんですよ、不幸があったなんて。後は体調崩したとか、精神的に落ち込んでいるとか、もう……、勘弁してほしいですよ」
「精神的に落ち込むことはありますよね、いろいろなことが重なって」
母親のこと、弟のこと、妹のこと、
彼氏にフラれたこと、大切なぽんちゃんがいきなり逝ってしまったこと、
仕事の支払いがないこと。
男性営業マンは、ふうーっと大きなため息をついた。
「困りますよね、仕事にプライベートを持ち込まれてもね」
「でも、人間ですから」
「え?」
「つらいこともあると思うんですよ」
「いえ、ほかのデザイナーさんはともかくとして、いつも有難いと思っているんですよ。私情を持ち込まず、クールに仕事をこなしていただいて」
心の中が、頭の中が、ざわざわする。
違う、違う、違う!
あたしだって、逃げ出したいよ!
愚痴を言いたいよ!
なんで誰もわかってくれないの? クールじゃないよ! 感情があるんだよ!
あたしだって、あたしだって……、
目の前で仕事の資料を広げている営業マンの姿が、涙で歪んできた。
「本当に、助かってますよー。クールなお仕事ぶりに」
あたしだってっっ!!
なにかが、ぷつんと音を立ててはじけ飛んだ。
「つらくないわけないだろう!!」
大声で叫ぶと、営業マンが驚いて顔を上げた。店内の視線を一気に集めた気配があったけれど、とめどなく涙がこぼれ落ちる。
涙の向こうに、ぽんちゃんの在りし日の姿がうっすらと見えたような気がした。ぽんちゃん!
「失礼します!」
あたしは席を立って、店を飛び出した。誰にでも良く思われようとしなくたっていい。今、優先すべきは、大切なぽんちゃんのお葬式をすることだった。
了
☆以前、書いたものが出てきたので投稿します。久しぶりの短編小説になります。フィクションです。
(うーん、コロナ以前の世間の設定になっていますね。。懐かしいような、なんとも。。)
ご覧いただき、ありがとうございます!楽しんでいただけたら、スキしてもらえると、テンション上がります♡