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【音楽】ピアノとわたし


こんにちは、こんばんは。
成長スピードを少し早めたく、書ける時は1日2本noteの執筆を出来ればと思う。
この前、とある場所でストリートピアノを弾いてきた。以前だったら考えられないチャレンジだった。ピアノと自分の歴史を考える。

「習わされて」いたピアノ

幼い頃の記憶はあまりない。別に取り立てて覚えているようなことはない。ピアノも気がついたら習っていた。小学生の途中までは「習わされていた」ピアノだった。上手くなりたくて、という理由で自主練習をした記憶はあまりない。レッスンに通うことが毎週苦痛だった。それでも小学6年生までは辞めることは許さない、そう言われて渋々取り組んでいた。部活を始めるまでのピアノとわたしの関係値はそのくらいだった。


意外と難しかったピアノ

小学4年生の途中から部活を始めた。当時はなんとなく入部を決めた。楽しそうだと思ったからだ。器楽部という、吹奏楽部のような部活に入部した。当時は厳しい音楽の先生だったので時々怖いなーとびびりつつ、それでものびのびと練習が出来て楽しかった。部活を始めてから、クラスの前でピアノを弾く機会も出来た。何故弾いたのかは覚えてないが、合唱の曲は意外と難しかった。自分のピアノが止まってしまうと歌も止まってしまう。初めて責任という言葉を体験的に感じた出来事だった。小学校6年生の頃には、全体の合唱のピアノを弾かせていただくようになった。何名か候補者がいる中から選ばれた。実力で勝ち取った。今だに緊張したことをはっきりと覚えている。この当時は、ピアノを弾くことも、人前で弾くことも特に何も感じなかった。

出来る限り人に聴かれたくなかった

中学生の頃は、出来る限り人にピアノを聴かれたくなかった。ピアノを弾くことは、好きだった。家族に練習を聴かれることも抵抗があった。複雑な人間関係の中で、楽しい気持ちだけで音楽を続けることは難しくなった。変わらず合唱の際、ピアノを弾く機会はいただくこともあった。だが断ることもあった。人に批判される、ということを初めて知ったからだと思う。高校は幸い音楽好きな子が多い、のびのびと過ごせる自由な校風だった。音楽科もある、音楽に特化した学校だった。そのため、中学生の頃よりは楽しくピアノを弾けた。それでも、恐怖心は消えなかった。

「人に聴いてもらえる」ピアノを目指す現在

大学受験、就活、社会人生活を送る中で、ピアノはどんどん遠ざかっていった。単純に弾ける時間もなかった。そして、昔ほど音楽が好きではなかったからだ。高校の途中で、進路を通常の大学志望に切り替えていた。そこから音楽からは遠ざかっていた。しばらく経つが、社会人7年目(だった気がする)の今、もう一度ピアノに向き合っている。そして、人に聴いてもらえるようなピアノを目指して弾いている。昔と比較すると、大きな心境の差だ。今の会社で会社員として過ごす中で「正しい挑戦」の仕方を覚えたことが大きく影響している気がする。また、自分自身の個性を理解した時に、音楽は切っても切り離せないと感じた。理解した。ずっと大好きなアーティストの方の影響も受けて、またピアノを弾いている。このような心境の変化と練習の結果、ストリートピアノでの演奏をしてみたい、そんな自分自身の変化に辿り着いた。

なぜ?がわからない、それでも好き

昔は「習わされていたピアノ」だが、それでも昔から好きなものは音楽だった。初めて批判された、辛い思い出もある。それでもピアノは好きだった。音楽でお金を稼ぐことは難しい。そう結論付けた高校生時代。それでもピアノは好きだった。時間は空いてしまったが、それでもピアノが好きで、今でも弾いている。書いてる今も不思議に思う。ピアノにそれだけ魅力があるのだろう。この記事をどんな人が読むのだろう。それもわからず書いているが、「好きこそものの上手なれ」ということを、ピアノから教わった気がしている。

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