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メモランダム1:映像のコンテクストと脚本の文脈の違いについて、『(500)日のサマー』を題材に。

 「映像のコンテクスト」(=ここでは、映像上の繋がりや映像における文脈と考えてください)と「脚本の文脈」は、時に反することがある気がします。
 『(500)日のサマー』という映画があります。この映画は非線形のストーリーラインが採用された映画で、ナレーションのメタ的な介入とポストプロダクションによって、二人の思い出が再編集されたかのように、複雑なプロットをたどります。従来の恋愛映画とは異なる物語を示したことで脚本家からワナビーの間で、そのこじれた内容とイギリスの陰鬱な「ロックミュージカル」映画としての側面からサブカル好きの間で、カルト的な人気のある作品です。

The ナードっぽいヘッドフォンに憧れたものです…

 今回は、この映画のエレベーターの文脈に絞ったシーンを例として取り上げたいと思います。

 エレベーターの文脈の該当シーンは下記のとおりです(間違ってたらすみません)。
〇 エレベーター(4日) 主人公とサマーは一緒のエレベーターに乗る(下り)
〇 エレベーター(22日) フラッシュ回想中。サマーとエレベーターに9フロア分乗る(上り)。
〇 エレベーター(303日) 出てくる主人公。すっかりやつれている(下り)。

 では、それぞれのシーンがどのように描かれているかをみていきましょう。
 主人公は、職場からの帰り、下りのエレベータで、同僚で意中の女の子「サマー」とエレベーターで居合わせます。主人公のヘッドフォンから音漏れしてきたスミスの音楽。それに反応したサマーとまさかの意気投合をする主人公。(〇4日)
 この後、舞い上がった主人公は彼女と仲良くなれるかもと期待するのですが、肝心のサマーはさっぱりしており、「9フロア上がる間、サマーと話」しはしたが、進展はなかったと友人にしょぼくれる。という、まあなんというか……かわいらしいシーンがあります(〇22日)。サマーと主人公は、このあと一気に仲を深めますから、実際には、主人公が思っているよりかは進展しているわけです。
 そして、この「エレベーターが9フロア上がる間」という情報が、わざわざセリフを通じて、観客に与えられているということは、このとき、サマーとの関係や主人公の人生は「上り調子」であることを、このシーンは意味しているのでしょう。
 後のシーンで、再びエレベーターが登場します。エレベーターを出てきた主人公はすっかりやつれており、どうやらサマーと主人公が上手くはいってないらしいと、前後のシーンとのストーリーの文脈でつながります。(〇303日)
 この(〇303日)のシーン、脚本家であれば、先のシーン(〇22日)と脚本上の文脈をそろえて、主人公が乗っていたエレベーターは「下り方向」にしたいはずです。このシーンが、(〇22日)のシーンの主人公の「上り調子」と対になる「下り調子」を象徴したいなら、主人公が乗っていたのは「下っているあいだ」の方が、一見自然な気がするからです。
 では、実際の映像ではどうか。エレベーターは、先のシーン(〇22日目)と同様、職場のフロアでとまります。これはちょっと不自然な気がします。主人公がエレベーターで下っているのであれば、会社のエントランスのある一階で降りたほうが自然ながします。エレベーターが開いて主人公が出てくるので、主人公が上がってきたのではないかと、観客は思うのではないでしょうか。しかしよく見ると、エレベーターの下のスイッチが赤く点灯した状態です。つまり、やはり主人公は下っていたのです。
 なぜか? 答えは先のシーン(〇22日目)にすでに出ています。このシーンでエレベーターが「9フロア上がっているあいだ」という情報が、セリフで補完されていなければ、観ている人には「今ここが何階か」はわからないからです。
 同様に、脚本家の(〇303日)のシーンでの「下り」案という、上昇と下降のシンボリズムは、脚本の文字を読めばすぐわかりますが、映画を見ている人には一瞬ではわからないのです。
 (〇303日)のシーンでは、下っていることをセリフではなく、映像で見せるために、(〇4日)の主人公がエレベーターに乗るシーンと同じ画角絵面になるよう職場のフロアにとまっているのです。
 そのため、(〇4日)のシーンでは、さりげなく、(〇303日)のシーンの伏線のため、エレベータの下のスイッチが点灯していることで、このときサマーと主人公は下っているのだと巧妙に仄めかしています。

 映画の物語は文字ベースで書かれた脚本に依存している――これは紛れもない事実です。しかし、実際に観客が受け取る情報は、セリフや文字よりも、圧倒的に視覚的イメージのほうが早く伝達する。脚本家が小説家と違う点は、この点を意識できるかどうかなのかもしれません…。

 関係ありませんが、冒頭でサマーは「ベルセバ」が好きと言っていいましたので、二人が意気投合するシーンは「スミス」より「Felt」であってほしかったです。
 ニッチでマニアックな趣味をいかに、観客に合わせてチューニングして伝えられるか、そのバランス感覚も、脚本家の適正かもしれません。

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