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【ショートストーリー】Vol.9 袋はいりませんので、愛は欲しいかもしれません。

「袋入りますか?」毎日行くコンビニで、毎回聞かれる。相手も仕事だから仕方がない。毎回首を横にふるしかない。声を発することが苦痛なので。逆に聞かれないと困惑するかもしれないし、こちらが意思表示をすれば相手の迷惑になるかもしれない。それならばこのままでいい。

しかし、実に臆病である。

ぶつからない、怒らない、何ごとも穏便に。言葉を飲み込む。受け入れる。キャパシティとは?その心持ちを他人に説明することは不可能だ。そして代わりに切り捨てる。価値観にそぐわない場合は去る、何も言わずに。相手は理解できないだろう。理不尽に思うだろう。説明するのも面倒なのだ、それはそれとして。

心をぶつけること、すれ違うこと、うまくできない、不器用なふうに生きている。人間は、それとも私が...?

それならば、消化していこうと思う。叶わなかった事実を、叶わなかった感情を、消化していこう。現実には起こり得ない物語を食べよう。いやだから、これは私の物語。悲しいのは、なぜだろう。私は自分にしか本心を見せられない。臆病者だから、突然の涙?涙は同じ道ばかりを何度も知ったように流れるものだ。

それでも、強く、愛おしく。ただ、私は私が強く愛おしい。間違ってないんだと、唯一肯定してあげられるのだから。

「そんなのは、勇気がないだけだ」と言うのは簡単だけど。それが、大事な関係であればあるほど。想いが具体的であればあるほど。

とにかく、すべての物事は体験した人にしかわからないものだ。見物客からの言葉や考えはいくらでも出る。前述の通り、口から「出る」だけ。

父親がいたら、と考える。私にも私を愛してくれる父親がいたら。そしたら私の人生は変わっていたのだろうか。でも、そしたら今の私はいない、それも事実。今の私のことが、私は大好きだ。大人になって強く感じる、意識するようになったのは自分のルーツ。私は私を大事に思っている、世界で一番。やっと向き合えるようになった。

袋は入りません。梅雨入りした日の東京、マスクを外し思い切り空気を吸い込んだら、知っている気がする今日の初めての匂いを嗅いだ。

だるさの中に、一気に記憶が蘇る。色々な、ただ忘れていたものや忘れたかったから忘れていたものも含めて。

気持ち悪い感情を吸い込んでしまった。コンビニから急ぎ足で帰る。

<終わり> 950文字

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