【再掲】背後に潜む無数の霊たち 〜女霊はわたしを嘲笑っていた
今から15年ほど前、私がフリーライターとして、全国の心霊スポットと、そこで起こった怪異の数々を集めたムック本の執筆に携わっていた頃の話しです。
コンビニなんかに夏になるとよく売っていましたよね?
「・・・心霊地図」とか。
あれです。
心霊ムック
私の役割は、ムック本の制作会社の担当者が取材などによって掻き集めて来た各地の心霊スポットの写真や資料をまとめて、それを文章化することです。
まだ専業のライターとしては経験も浅く、稼ぎも悪かった私は、それが自分の興味のある分野であったことと、ライターとしてはまとまった収入になることから、この仕事をすぐに引き受けることにしました。
毎日のように、メールや郵送で各地の心霊スポットの写真や、詳細な地図、そこで起こった出来事が記載されたメモ書きが送られて来ます。
仕事がしやすいようにデスクの周囲にその資料を貼付けたり、県別に仕分けをしてファイリングをしたり、いつの間にか私の仕事部屋は心霊関係の資料で溢れました。
部屋に配置されている物品や、そこに住む人の思考とが、その部屋の醸し出す雰囲気を色濃く作り出すことがありますが、このときの私の部屋は不穏で霊的な雰囲気で満たされていたはずです。
当時、私が住んでいた自宅は、メゾネット構造になっていて、1階が玄関とリビング、キッチンと浴室などがあり、このリビングにデスクを置いて仕事場にしていました。
2階へは螺旋階段で上がり、そこには2部屋ありますが、物置と化しており、ほとんど立ち入ることがありません。なぜ、立ち入らないかといえば、ちょっと薄気味悪いから。
しかも、螺旋階段を照らす照明の電球は何ヶ月も前から切れており、無精にも電球交換をせずそのままにしている始末。
仕事をしているデスクの後方に螺旋階段があり、視界にはその階段は入って来ないのですが、その暗い階段の方から誰かに見られている感覚が常にあるのです。
こんな仕事を引き受けているから、少し敏感になっているだけだろうと、誰かに見られている感覚をやり過ごしながら仕事をこなしていました。
誰かに見られているような感覚だけならば、気のせいだと一蹴することも出来るのですが、妙なことが他にもいろいろ起こりました。
怪異が起こり始めた
ある日、机の上に積み重ねてあった書類や資料の束が、どさりと床に束のまま落ちました。勿論、窓は閉め切っていますから部屋の中に風が吹き込んで来ることはありません。
例え、それが風のせいだったとしても書類の束が全てまとめて落ちるでしょうか。
風だとしたら数枚が宙に舞うように落ちるはずです。その時の落ち方は、まるで人が手で「邪魔だ」と言わんばかりに払い落としたような感じだったのです。
他にも仏壇の線香や、スティック状のお香が最後まで燃え尽きずに全てグニャリとU字型に曲がります。
他にも・・・
棚の上に飾ってあった置物が突然倒れる。
暖簾が揺れる。
螺旋階段を降りて来る足音がする。
2階から、衣擦れの音がする。
友人から作ってもらったパワーストーンのブレスレットが切れて弾け飛ぶ。
乾燥した木の枝を割るような音があちこちから聞こえて来る。
朝起きると手の届かない身体の部位に鋭利な剃刀で斬り付けたような切り傷がある(丸一日経つと既に傷が塞がっている)。
そんなことが毎日のように起こるので、心身ともに疲れ果てていました。
脳裏に浮かぶ、ある光景
その仕事を引き受けた時期と重なるのですが、私を悩ませるもう1つの出来事がありました。
私が当時住んでいた町の駅前に、大型商業施設があります。
その商業施設は従業員が相次いで霊を目撃する場所です。
このことが影響しているのでしょうか、当初出店した大手デパートは数年で閉店、その後メインテナントが次々と変わって今に至ります。
何故、霊が目撃されるのかといえば、この大型商業施設の建設以前に話しが遡ります。実はこの土地はあるお寺だったのです。
戦後、駅前の再開発計画のために、駅前にお寺があっては何かと不都合だと市が立ち退きを命じたのです。
行政側と寺の間の対立は根深く、何十年にも渡って交渉そのものが断絶してしまい、再開発は棚上げの状態が続いたそうです。
80年代に入り、ようやく再開発と立ち退きの目処が立ったのですが、この寺の移設に伴って敷地内にあった墓石そのものは移動されたものの、遺骨の収容が不十分で、大型商業施設が建設された後も、その土中には遺骨がそのままになっているというのです。
これが事実なのか、単なる噂なのかは分かりませんが、この大型商業施設の地下駐車場やバックヤード、トイレなどでは従業員や客による霊の目撃が相次ぎます。
また地下駐車場へ続く階段も後年封鎖されて使えなくなりました。
実はこの大型商業施設では飛び降り自殺が起こっています。当時私はこの飛び降りが起こった直後に仕事帰りでこの場所を通りがかっています。
仕事が終わって、この商業施設前を通りがかると何やら人だかりがしています。
人垣の隙間からその奥を見てみると複数の警察官らしき姿と、規制線のテープが見えます。
何があったのかを、近くにいた人に聞くと、どうやらその商業施設の屋上から女性が飛び降りたというのです。
規制線が張られた場所にはテラス席のあるカフェがあり、その目前に女性が落下し、凄惨な光景が広がってカフェはパニックに陥ったというのです。
私の自宅から駅に向かうには、この飛び降り現場を通るのが一番近いため、日々その場所を通っていたのですが、時間の経過と共にこの飛び降りの一件は完全に忘れ去っていました。
しかし、ライターとして心霊スポットのムック本執筆に携わるようになった後、その場所の上を歩くときに妙な感覚に包まれるようになったのです。
最初は耳が詰まる、耳鳴りがする、気分が悪くなるということがありました。気のせいか、疲れだろうと、その飛び降りの一件と結び付けることはありませんでした。
その後、決定的なことが起こります。
ある日、その場所の上を通りかかった時のこと、中年女性がビルの屋上から飛び降り、地面に衝突するまでの光景を、自分が経験したかのように、その中年女性の視点で、それを見せられたのです。
表現はしにくいですが、目の前に映画のスクリーンが現れて、飛び降りた女性の視点で、その光景を再生されている、といった方が良いでしょうか。しかもリピート再生です。
その後、そこを通る度にその光景が目に飛び込んで来るので、私はその道を一切通らなくなります。本当に恐ろしく、見てはいられない光景なのです。
笑う声
そんなことが起こりながらも、私は例の心霊ムック本の執筆を続けなくてはなりません。
もうすぐ締め切りで、それまでに原稿を送ることが出来れば、この仕事から解放される!早く終わらせてしまおうと深夜まで根を詰めて執筆を進めていました。
一息入れて、休憩をしようと、席を立ちました。キッチンでコーヒーを淹れます。執筆をしていたデスクは私の背後にあり、私はデスクを背にしてコーヒーを淹れています。
その時です。
背後のデスクで「ふふふふふっ」微かな笑い声がしたのです。そのあと、間髪を入れず、その微かな笑い声は、高笑いになりました。
勿論、部屋には私一人しかいませんし、テレビもつけていません。
本当に、そこに人がいて、笑っているように、はっきりと聞こえたのです。
それまでにも、耳元で吐息のような溜め息のようなものが聞こえて来たことはありましたが、錯覚だとやり過ごしていました。
しかし、この女性の笑い声は決定的でした。
確実に背後で聞こえたのです。
私は身の危険を感じ、着の身着のまま部屋を飛び出し、近所のネットカフェに泊まったのです。
寝るれぬ一夜を過ごし、翌朝、恐る恐る自宅へ帰りましたが、まだ仕事をやり残していますし、そのまままた夜が来るのは耐えきれません。
私はその日のうちに、知人の信頼する霊能者に、詳しい話しを一切せず、自分に異常なことが起こっている、何か解決策はないかと相談しました。
するとその霊能者はこう言うのです。
「最近、飛び降り自殺が起こった現場を通らなかった?そこで亡くなった中年のおばさんが、貴方が優しくて自分の痛みを分かってくれそうだからと、貴方に自分が飛び降りる姿を見せて、自宅までついていっちゃってるの。
しかも、そのおばさん1人ではなくて、同じ様に無念の思いを持った、その土地に封印されている霊たちが、そのおばさんと霊団のようなまとまった集団を形成していて、そのまま貴方の家に入り込んじゃってる。
何だか貴方の家は霊たちにとって居心地が良い空間になってしまっているようだけど、霊を扱った仕事を引き受けたりしていない?」
ここまで言い当てられてしまうと唖然とするしかありませんでした。
その霊達が特別災いを起こすことはないにしても、今後も見たくないものを見たり、聞きたくないものを聞いたりということが起こってしまうので、至急、霊たちに元いた場所に戻ってもらう他ないというアドバイスを受けました。
そこで、除霊をして頂くことになったのでした。
霊能者の指示に従い、チベットの高僧が手作りをした貴重なお香によるお清めと、各種の護符を使って除霊を行なったところ、部屋の空気は一変して清浄な雰囲気になりました。
あの階段の暗闇から感じる視線もなくなりました。
実はその視線の正体が、飛び降りた女性だけではなく、複数の無念の霊たちであったかと思うとゾッとします。そしてあの笑い声も、やはり飛び降りた女性だったのです。
私がコーヒーを淹れている後ろ姿を見て「私達の存在に気付いていないのね?」と私の姿が滑稽に見えて、つい笑い出してしまったのでしょうか。
あのまま霊能者に相談しないまま放置していたらどうなっていたのか。
想像もしたくありません。
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