見出し画像

チョムスキー 帝国主義の終わり

本日は、知の巨人たち6人へのインタビューを集めた『知の逆転』(NHK出版新書2012)の中の、ノーム・チョムスキー(Avram Noam Chomsky 1928/12/7- )の回 ー帝国主義の終わりー の読書ノートです。

生きている中でおそらく最も重要な知識人

チョムスキーという特徴ある名前は、何度も聞いたことはありました。学術界の人であろうことは想像がついていたものの、その専門分野や提唱している理論については何も知りませんでした。

ウクライナ生まれの父、ベラルーシ生まれの母を両親に持ち、アメリカに生まれたチョムスキー氏は、現代言語学に革命をもたらしたとされる普遍文法理論を提唱した言語学者です。

このインタビューが行われた2010年の時点で既に82歳ながら、マサチューセッツ工科大学(MIT)言語学および言語哲学の研究所教授 (Institute Professor) 兼名誉教授を務めていました。哲学や思想にも造詣が深く「生きている中でおそらく最も重要な知識人」とニューヨークタイムズ紙から形容されています。

反権力、反体制、反エリート、反覇権の論客で、

エリートは必ずや体制の提灯持ちに堕する

という有名なことばがあるようです。

画像1

帝国主義の終わり

サイエンスライターの吉成真由美氏が、チョムスキー氏に行ったインタビューは、「第2章 帝国主義の終わり(P65-126)」に収められていて、以下6つのテーマについて、意見を聞いています。

● 資本主義の将来は?
● 権力とプロパガンダ
● インターネットは新しい民主主義を生み出すか
● 科学は宗教に代わりうるか
● 理想的な教育とは?
● 言語が先か音楽が先か

資本主義の将来は?【P69-82】

資本主義の将来を問われたチョムスキー氏は、

資本主義とか社会主義という言葉を使う際には気をつける必要があります。宣伝文句によって使い古されて、もうほとんど何の意味も持たなくなってきてしまっているからです。(P69)

といきなり釘をさします。

資本主義の国と思われているアメリカが強みを持つ、コンピューター、インターネット、航空機、薬品といった分野は、政府や公共部門のプロジェクトが生み出して開発したもので、民間部門は、その成果を利用して利潤追求を行っています。国民の税金を元手に生み出された果実でビジネスしながら、自由市場経済や資本主義を叫ぶのは欺瞞だ、と痛快です。また、市場原理で動く金融部門も、過去何度も政府に救済されており、その原資は税金です。

市場システムは「外部性」の問題が考慮されないという重大な欠陥がある、市場原理の破壊性を放置すると地球が破壊され尽くすことを示唆するチョムスキー氏の意見に賛同します。

中国の未来にも、2010年の時点で不安と疑問を呈しています。

権力とプロパガンダ【P82-99】

核抑止力には否定的です。アメリカが考えているのは核支配であり、核抑止は建前に過ぎないと言い切っています。

アメリカの帝国主義的施策 ~暴力・脅迫・プロパガンダ・経済制裁などを駆使して、破壊と蹂躙を行い発展を妨げる行為~ に向ける批判は鋭く、ブッシュからオバマに政権が移っても基本的性格は変わっていない、ただし、オバマの方が話の仕方が上手で、見せ方が巧みで好ましくみえるだけ、という評価には同意です。

侵略者はいつだって、気高い志に燃えている

と小見出しのついた項【P94-95】での、見え透いた嘘のことばを、本人は真実と信じ込んで語っている事例は特に面白かったです。

自由主義・民主主義を掲げる国であっても、ごく少数のパワープレーヤーに支配権が集中してしまう民主主義の限界を語る部分も真理を突いています。

インターネットは新しい民主主義を生み出すか【P99-103】

インターネットはあくまで自由にしておくことが望ましい。【P100】

とう意見です。少数の民間企業がアクセス権をコントロールして、ユーザーのやることに介入できてしまう状況に危惧を呈しています。インターネットが公共部門発祥であることから、

九五年に民間企業に手渡されたのですが、完全に自由にしておくために、公共部門下に置いておくべきだったかもしれない。【P100】

とも言っています。

技術上は非常に広い範囲の情報にアクセスできても、垂れ流し情報にアクセスできることはさして意味がなく、何を探すべきかの目的があり、理解と解釈の枠組み、共同利用の作法を知らないといけない、とやや保守的です。

科学は宗教に代わりうるか【P104-110】

偽善者とは自分に課す基準と他人に課す基準が違う人のことだ【P104】

は至言です。福音書(Gospel)の中に出てくる『他の人に当てる物差しを自分に当てることを拒否する者』を引用したものだという説明の後、キリスト教世界でも頻繁に起こっている弾圧事件を棚に上げて、他の社会を糾弾する行為を批判しています。

チョムスキー氏自身は無神教者ですが、科学が宗教の代わりになることは、

科学は素晴らしいものですが、人間の問題について何も言うべきものを持っていません。【P109】

と否定しています。

理想的な教育とは?【P111-116】

理想とする教育とは、子供たちが持っている創造性(Creativity)と創作力(Inventiveness)をのばし、自由社会で機能する市民となって、仕事や人生においても創造的で創作的であり、独立した存在になるように手助けすることです。【P111】
「何をカバーするかは問題じゃない、重要なのは君らが何をディスカバーするかだ」(※亡くなった物理学教授のことば)【P112】
探究と創造を教育の柱にするということです。【P114】

アメリカの有名大学は特権階級のためのものとなり、他の大学は職業学校のようになってしまうことを危惧するとしています。

言語が先か音楽が先か【P117-126】

● 言語能力は人間に特有の能力である
● 人間の認識能力は、5万年以上進化が起こっていない
● 数学、音楽、ダンス、アートは言語能力の副産物かもしれない
● 人間の幼児は長い期間親に頼って育つ。子どもは大人が長く世話したくなる容姿をまとう遺伝子がうまれた(仮説)

言語学は、チョムスキー氏の専門研究分野です。言語能力は人間特有の能力であり、他の生物は言語能力の原型すら有していない、は興味深いです。

まとめ

本書が、チョムスキー初体験でした。

偽善者とは自分に課す基準と他人に課す基準が違う人のことだ

は鋭いことばでした。キリスト教文化圏の人々は、相手から「ダブル・スタンダード」を指摘されることを極端に嫌がる傾向を感じていました。背景に福音書の教えの影響があることがわかり、納得しました。ダブルスタンダード=偽善者を連想させるのでしょう。

日本の場合、本音と建前の使い分け、裏の顔と表の顔など、積極的に肯定はしないものの、TPOで態度を変えることはある程度仕方がない、と何となく許容する空気があるように思います。違いが面白いなあと感じました。

この記事が参加している募集

推薦図書

読書感想文

サポートして頂けると大変励みになります。自分の綴る文章が少しでも読んでいただける方の日々の潤いになれば嬉しいです。