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『新L型経済』を読む

本日の読書感想文は冨山和彦・田原総一郎『新L型経済 コロナ後の日本を立て直す』です。

実務の人、冨山和彦

冨山和彦氏は、日本有数の『確実に結果を出す』経営者です。私の尊敬する産業人・論客のひとりです。”はじめにー日本再生のカギは現場にある”で田原総一郎氏が、冨山氏について、

冨山さんは何より実務の人だ。抽象的な話をせずに、すべてにおいて具体的に語る。(P3)

と書いています。

『実務の人』については、私も同様の印象を持っています。しかしながら、後段は異なる意見です。冨山氏がマスメディアに登場して語る際には、かなり抽象化・汎用化して話していると感じます。

『具体的に語る』ように感じられるのは、冨山氏がビジネスの最前線の場所に立ち、人とファクトにフェアに向き合い、修羅場の体験や試行錯誤を繰り返す中で培った分厚い経験に裏打ちされた話をするからでしょう。

経済再生の為の具体策やビジョンを提示する政治家や学術経験者は多い。
問題の真相や病巣を指摘する人は多い。
おそらく正解だろうと思える解決策を提言できる人は多い。

ところが、どう実現するかという次元では、技と知恵と経験を備えている人が極めて少なく、そこに最後まで立ち向かえる人はもっと少ない。大抵の場合、現場の人たちを腹落ちさせて動かす、という難題をなかなかクリアできないからです。

冨山氏はその一番難しいポイントから逃げず、剛腕・辣腕も奮い、特定の人からは怨まれながらも結果で示してきた稀有な存在です。だから、話す内容に説得力と重みと凄みがあるのだと思います。

本書の目次

はじめにー日本再生のカギは地方にある
第一章 観光立国構想の蹉跌ーコロナ禍がもたらした経済の停滞
第二章 グローバルIT企業は雇用を生まないー日本経済はなぜ生き詰まったのか
第三章 まず三〇万人都市を再生させよー地方再生のカギは限界集落ではない
第四章 「ゾンビ企業」退場のためのシナリオー地方経済の新陳代謝をうながすために
第五章 多様性が経済を強くするー日本を牽引する人材をどう育てるか
おわりにーエッセンシャルワーカーが地方走性を牽引する

私の読みとったこと

● 成熟社会の日本で、大量消費、薄利多売をベースにしたビジネスモデルは消耗戦になるだけ。規模に頼るビジネスはオワコン。1万円を10人にではなく、10万円を1人に売る為に頭を絞るべき。
● 世界を相手にビジネスを展開するG(グローバル)型企業の日本のGDPへの寄与は30%程度で、70%はL(地域密着)型の中堅、中小、ローカルサービス企業。後者を疲弊させる方向の政策ばかり打ち出しているのが日本全体を地盤地下させ、衰退を進めている一因。
● 1990年頃に起こったグローバル革命・デジタル革命に日本は完全に敗北したと認識し、後進国であることを前提に戦略構築をすべし。
● 日本が強いと思われてきたG型企業の世界市場での影響力低下が顕著。従来中産階級を担ったG型企業の従業員の生活基盤が脅かされ、転落する方向。
● L型産業は慢性的に人手不足だが、賃金が安くて搾取されている状況。L型企業に従事する人々の生活が向上し、新中産階級化する方向にビジネス構造を転換すべし。
● GAFAとは争わず、割り切ってビジネスパートナーとして利用する、ユーザーとして使い倒す方が建設的。たとえ、日本にGAFA型企業が現れても雇用を生まず、経済効果は少ない。GAFAの事業は、L型産業の再生に大いに活用すべし。
● ゾンビ企業(公的支援がないと事業存続できない企業)を穏便に退場させるスキームを作り出す。退場することの経済的・社会的メリットの提供がないと淘汰は進まない。法制度・環境の下支えが必要。
● 大企業の従来型の人事政策はもう通用しない。将来の経営者として育成する人材と日々のオペレーションを支える人材を区別し、前者には厳しい育成プログラムを歩ませるべき。プロ経営者不足は社会的損失。

所感

本書は、実質的に冨山氏の著作であり、田原氏は聞き役という立て付けで読めばよいかと思います。冨山氏の語る内容は、実に的を得ています。まあ、冨山氏の提言する社会が実現すれば、報われない側に押しやられる人には厳しい現実が待っていますが……

世界を主戦場にするG型組織を率いる人材は、従来の大企業の年功序列型人事制度では育たない、という結論はその通りでしょう。実際、優秀な人間は入社6~7年を目処に、スタートアップに移ったり、起業したりしています。

冨山氏は、エリート肯定派に見えます。頭脳にも、人間性にも優れ、厳しい環境でキャリアを積み上げた一握りのエリートに独占的な権限を与えて組織を牽引させれば、日本はよくなり、大衆にも広く幸福が行き渡り全体としてよくなる、という考えが根底にありそうです。私の嫌いな新自由主義的な香りがしますが、残念ながら私も肌感覚的にはそれしかない気がします。

実際、どこまで行っても、下の人間を引き上げるのは、今現在支配的な立場にいる人間の主観的な抜擢です。この仕組みの中で、ミスマッチは防げません。これは歴史が証明しています。冨山氏ならば人を見る目は間違えないでしょうが、時代は変わりますし、完璧はあり得ません。

エリートに引き上げる人材の選抜基準には、これまで以上に『公共の利益や社会貢献に敏感』を重視し、独善的で野心的な人間や狡猾で他責志向の人間を排除する仕組みが機能することを期待します。

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