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9.11事件の被害者への補償金を計算する合理的な弁護士が、人の心を身につけていく過程が最高に面白い『ワース 命の値段』

【個人的な満足度】

2023年日本公開映画で面白かった順位:12/29
  ストーリー:★★★★★
 キャラクター:★★★★★
     映像:★★★☆☆
     音楽:★★★☆☆
映画館で観たい:★★★★★

【作品情報】

   原題:Worth
  製作年:2019年
  製作国:アメリカ
   配給:ロングライド
 上映時間:118分
 ジャンル:ヒューマンドラマ
元ネタなど:回想録『What Is Life Worth?』(2006)

【あらすじ】

2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが発生した。未曾有の大惨事の余波が広がる同月22日、政府は、被害者と遺族を救済するための補償基金プログラムを立ち上げる。

プログラムを束ねる特別管理人の重職に就いたのは、ワシントンD.C.の弁護士ケン・ファインバーグ(マイケル・キートン)。調停のプロを自認するファインバーグは、独自の計算式に則って補償金額を算出する方針を打ち出すが、彼が率いるチームは様々な事情を抱える被害者遺族の喪失感や悲しみに接するうちに、いくつもの矛盾にぶち当たる。被害者遺族の対象者のうち80%の賛同を得ることを目標とするチームの作業は停滞する一方、プログラム反対派の活動は勢いづいていく。

プログラム申請の最終期限、2003年12月22日が刻一刻と迫る中、苦境に立たされたファインバーグが下した大きな決断とは……。

【感想】

9.11事件の事後対応の裏側を描いた映画で、メチャクチャ面白い映画でした!!人の命をお金に換算する弁護士と、大切な人たちを失い心の傷を抱えた被害者やその遺族との対立構造が見ごたえありまくりです!!

<9.11事件のその後>

9.11事件の衝撃はいまだに覚えていますが、その後のことについては正直知りませんでした。そこまで報道されていませんでしたし、あまり知る術もなかったっていうのもありますが。でも、ちょっと考えればわかりますよね。あの事件の事後対応をした人たちがいたということが。

訴訟大国であるアメリカでは、事件の被害者たちが航空会社を提訴する可能性が十分に考えられました。でも、そのひとつひとつに対応していたら、たちまち航空会社は破綻してしまいます。仮に勝ったとしても、訴訟費用だけでいくらかかるか。それに、航空会社が立ち行かなくなった場合の経済損失は計り知れません。そこで政府は、補償基金プログラムを立ち上げることにしたんです。そうすることで提訴する人を減らそうと。まあ、人命よりも経済を優先した結果なんですけどね。

<人の命の値段とは>

そのプログラムの取りまとめ役を引き受けたのが、今作の主人公であるケン・ファインバーグです。この手の訴訟には手ごたえを感じているらしく、事務所をあげて取り組むことに。彼のミッションは、犠牲者による補償基金プログラムの申請率を80%にすること。それを下回ると、残りの人たちに提訴された場合、航空会社がダメージを受けてしまうからです。補償金として受け取ってもらった方が、企業側はダメージが少ないわけですね。

さて、最大の問題は補償額をどうするかです。これはつまり、"亡くなった方の命をお金に換算する"という感情的にセンシティブすぎる事案ですよね。想像しただけで胃がキリキリするぐらいのプレッシャーですよ。でも、ケンは独自の計算式で補償額を機械的に決めていきます。淡々と。具体的な数式はわかりませんでしたが、犠牲者の年収をベースに計算していましたね。彼も人の命はお金に替えられないというのは重々承知だとは思いますが、遺族へ渡すお金としては、亡くなった方が生きていたらいくら稼げたかというのがポイントになってきますから、至極真っ当なやり方だとは感じました。

<やっていることに間違いはないけれど、やり方に間違いがあった>

理論上はケンの計算式は正しいとは思います。でも、年収をベースに計算するわけですから、人によって金額が変わっちゃいます。それは被害者遺族としては納得がいきません。「消防士の命よりも株式トレーダーの命が高いっていうのか!」と猛反発でした。そりゃそうですよ。命の重さはみな平等です。ただ、ケンの信条は「世の中に公平なんてない。大事なのは前に進むことだ」ということなので、こういうやり方なんですよね。でも、ケンが一番ミスったのは補償金の求め方ではありません。彼は遺族たちと一切の会話もなしに、いきなり「お金もらえるから申請してね」と言っちゃったんですよね。大切な人を失くした悲しみに共感してもらえないまま、お金だけ渡して終わらせようとする態度がにみんな怒り心頭です。きっと被害者遺族たちは寄り添ってほしかったんじゃないでしょうか。正直、お金の計算の仕方にとやかく言える人なんてそうはいないと思いますよ。優秀な弁護士がはじき出した数字なんですから。でも、問題はそこじゃなくて、その伝え方だったんですよね。人としての在り方が問われる部分です。

<人としての向き合い方を知る>

期限が迫っても申請率は低いまま。このままでは目標の80%に到底届きません。ところが、たまたま被害者遺族のひとりと会話したことをきっかけに、少しずつケンの心に変化が生じます。補償基金申請の反対派のリーダーである人物とも対話を重ね、数式ではなく、人としてどう接するべきかを身をもって学んだケンは、補償内容の見直しを試み始めます。

そもそもイレギュラー事案が多すぎるんですよ。3日以内に後遺症を発症した場合のみ適用ってことになっていますが、例えば瓦礫撤去でアスベストを吸った人は潜伏期間が長く、3日じゃ到底足りなかったり。補償については基本的に居住している州法に則るため、同性婚が認められていない州では、パートナーが補償金を受け取れなかったり。さらに、補償金の手続きを進める上で、亡くなった方の知られざる秘密がバレてしまったり。全員が希望する形で事を収められればそれに越したことはないですが、やはりどこかで線を引かねばなりません。全員を救うことは無理でも、ひとりでも多くの人を救えるよう奔走するケンの姿は、物語前半と比べるとものすごい変化でしたね。まあ、こういう人の心知らないひとが人間らしくなっていくっていう展開はオーソドックスではありますが、普段ビジネスマンとして仕事をしている人たちの中には、ケンの置かれた状況や彼の行動の変化に、自分と重なると感じる人もいるのではないでしょうか。

<そんなわけで>

9.11事件の知られざる裏側が知れる貴重な映画でした。9.11事件について詳しく知りたい人はもちろん、ビジネスマンの視点からも共感や嫌悪があってすごく見ごたえあると思うので、ぜひこれは観ていただきたい映画です。


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