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自分と向き合うことの美しさを写し出す 映画『ひかりの歌』を思うとき

 映画というものが、こんなにも長い期間、存在の濃度を保って心に残り続けることができるということを、わたしはこの映画を観てはじめて知った。

『ひかりの歌』を最後に観たのは今年の2月で、もう10か月近くも前のことだ。にも関わらず、ふとしたとき、心にくっきりとシーンが浮かび上がることがある。そうすると、今すぐにでもあの場所に行きたい、という強い郷愁のような感情がわきあがり、居ても立ってもいられなくなってしまう。

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 『ひかりの歌』は、2019年1月12日に劇場公開された。製作されたのはそれより2年も前の2017年。光をテーマに一般公募した「光の短歌コンテスト」の応募作、1200首のなかから選出された4首の短歌をもとに杉田協士監督が物語をえがき、4章構成153分の長編映画となっている。あらすじは以下に抜粋。

高校で美術講師をしている詩織、ガソリンスタンドでアルバイトをする今日子、バンドでボーカルとして活動する雪子、写真館で働く幸子。都内近郊で暮らす4人はそれぞれ、旅に出てしまう同僚、閉店を目前に控えたガソリンスタンドの仲間、他界した父、長い年月行方がわからない夫への気持ちを抱えながら、それを伝える事ができずに毎日を過ごしている。それでも4人は、次の新たな一歩を静かに踏み出していく…。

1つ1つの背景やシーンに、特殊な場所やCGが使われることはない。いたって日常の、身近な景色のなかで生きている彼女たちは、しかしわたしに、“心が目に見えないものであること”を忘れさせる。彼女たちの言葉に出さない想いが、だからこそ、ひかりを放つその瞬間が、しっかりとそこに映し出されているからだ。

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 映画でもドラマでも、観ているとついつい「なんでそんなこと言っちゃうのさ」とか「そこは素直になればいいのに」なんて感想やコメントを心でつぶやきながら観ていることが多い。しかし、『ひかりの歌』を観ているときは、彼女たちが見ているものと同じものを見つめることに集中している、と気がついた。

それは、彼女たちが自分の心にきちんと向き合う、大人の女性だからだと。決して世渡り上手でも、器用でもない彼女たちは、それでも目の前にある事実と自身の気持ちを逃げずに見つめることで、自分だけの大切な結論を出そうとしている。
その姿勢が、とても真摯で美しい。

わたしは、自分自身やその気持ちに、きちんと向き合っている人が好きだ。向き合ってみえるものが、不恰好でも綺麗ではなくとも、自信がなくとも、周りから受け入れられなそうでも。自分の気持ちに向き合うことは、世界でたったひとり、自分しかできないから。

彼女たちの存在は、わたしの理想の美しさのひとつになっている。

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そんな映画が、映画祭TAMA CINEMA FORUMで11月30日に上映されます。もしよろしければ、ひかりに包まれてみてください。

週1noteに参加させて頂いています。
https://note.mu/hiromi_okb/m/m29f5aef8fffd


#ひかりの歌 #映画 #週1note #短歌

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