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【短編小説】感情バイバイ

感情なんていらない。

私は老人にひとつの感情を売った。
《悲しい》感情。

だって、可愛がっていた猫が死んでとても悲しかったんだもの。
涙が止まらなくて疲れちゃった。
それに、友だちに嫌なことを言われて悲しかったんだもの。
もう傷つきたくなんかないよ。

私は老人から、ひと月は余裕で暮らせるほどの金額を受け取った。
月給以上だった。
賞与ですら、こんな金額もらったことない。
手のひらの中にある札束に私の心が弾んだ。
何して遊ぼうかな。

友だちと遊んで、好きな服を買っていたらひと月も経たないうちにお金が無くなった。

私は感情を売りに行く。
次は何の感情を売ろうかな。

そういえば、友だちに嫌なことを言われて腹が立った。鬱陶しい彼氏にもお金の使い方に文句を言われて腹が立ったんだった。
ただ羨ましいだけじゃない。
彼氏にもたくさんの物を買ってあげたのに、文句なんて言われる筋合いないわ。

私は老人に《怒り》の感情を売った。

私は怒らなくなった。友だちや彼氏、両親から何を言われても、テレビで流れる残酷なニュースを見ても腹が立たない。

「穏やかになったね」
「いつも笑顔だね」

そう褒めてもらえることが多くなったし、新しい友だちも増えた。しかも、お金が手に入って私はとても豊かになった。

好きなときに好きなだけ何でも買えて、どこにでも行ける。

イライラしたり、悲しんだりするくらいならお金に変えた方が幸せなことに気が付いた。
いらない感情は全部売り飛ばせばいいんだ。
辛い思いなんてしたくないんだもの。

私は《憎しみ》《嫉妬》《苦しい》《辛い》
思い付くだけの負の感情を売った。

多額のお金が流れ込んでくる。

みんなと旅行に行って楽しいひと時を過ごして、今までチャレンジしたことのなかったお酒を飲むことだって、手が届かなかった高級なお店でご飯を食べることだってできた。

だけど、お金はあっという間に無くなっていく。楽しい時間は一瞬で消える。
寂しい。

あ、《寂しい》を売ろう。

生きるのがとても楽になった。重たい感情を売り払ったから。

楽しい、嬉しい、幸せ。

それだけを感じて生きていけるなんて、もう天国じゃん。

天国で生きていても、お金は無くなる。
みんなと遊べなくなっちゃう。

あれ?
でも寂しいんじゃない。
《寂しい》感情は売ったんだもの。
どうして私はお金が欲しんだろう?

焦る。
あぁ、《焦る》感情を売ろう。

どうしてだろう。
友だちが、彼氏が離れていく。
楽しいことだけすればいいじゃない。
小さなことで悩む理由が全くわからない。
みんな無駄なことばっかりやって呆れちゃう。

どうして離れていくの?
私、間違ったこと言ってないよ?
だけど、寂しいわけじゃない。
私には《寂しい》感情はないんだもの。

ひとりでも、楽しくて幸せ。
でもひとりは怖い。
私はずっとひとりなの?

奥底にある恐怖に気が付いた。

私は恐怖を売り、ひとりきりになった。

ひとりきりは心地よかった。
一定の生活の中で、心が動かなくなった。

ただただ、そこにあるだけの心が重い。

ふと、思う。
ひとりなら、感情なんていらない。

私はすべての感情を売った。
《楽しい》《嬉しい》《喜び》《幸せ》も。

たくさんのお金が入った。
だけれども、何にお金を使えばいいのだろう。
わからない。
目の前にお金があるのに
なんだか陳腐すぎて触る気にすらならない。

私は何が好きで、何が嫌いだったんだろう。
私は何をしているのだろう。
何のために生きているのだろう。

からっぽ。
私も、目の前にあるお金も。

ただただ、あるだけの身体が重い。
重いものは、いらないの。

いらない。

私は、身体を捨てた。


***

雑な描写にも拘わらず
読んでくださってありがとうございます。
次の小説の世界観を考えているときに
ふと思いついたので、だーっっと書いてみた。

陰と陽。
感情にもある、陰と陽。

ネガティブな感情の手放し。
淡々と手放すことも必要です。
ただ、一度も自分と向き合わずに手放してしまうと自分のことを知らないままになってしまう気がする。

ネガティブなことがあったから、頑張れたこともある。
人の気持ちに寄り添えることもある。
ネガティブなことを感じるからこそ、
前を向いて歩いてみようかって思える。
自分の中にある光にも気づける。

生きているからこそ感情があり、
感情は合図でもある。

気付いてほしいことがあるのかもしれない。

どのような感情であれ、自分の一部。
まるっと受け止めて抱き締めてあげましょ。


*最後まで読んでいただきありがとうございました*


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