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PERFECT DAYS -暇と退屈の倫理学にのせて-


「よかった。とにかく、よかった。」


タイトルにある通り先日、映画「PERFECT DAYS」を観ました。
感想も小タイトルにある通り「よかった。とにかく、よかった。」です。

この映画の”良さ”を誰かに伝えたくて、それを試みるものの口から出てくる言葉は「マジヤバい」で、この言語レベルがマジヤバいことに気付かされます。

「よかった。とにかく、よかった。」も「マジヤバい」も直感的で感覚的なもので、それは即ちこれまで私の中で生成された”私”と一致、もしくは共感したということです。

つまり、この「よかった。とにかく、よかった。」や「マジヤバい」を分解し、ひとつずつ紐解いていくことは無意識的に生成された”私”を知ることになる訳です。


”HIRAYAMA”という人物


映画を観ていない人のためにざっくりと説明すると、役所広司演じる”HIRAYAMA”という人物は浅草辺りの古いアパートに一人で住む中年男性です。彼は公衆トイレの清掃を生業としており、その仕事ぶりはとても丁寧であり、本人はどこか誇らしげであります。

そんな彼のドキュメンタリーのような映画になっています。

朝起きるところから、身支度をし、植物の世話をし、自販機で缶コーヒーを買い、車に乗り込み、カセットをかけ職場へ向かう。

お昼は決まって牛乳とサンドイッチをコンビニで買い、決まった場所で食べる。そこで毎日、同じような写真を撮るのです。

帰宅すると曳舟の銭湯へ向かい、帰りは浅草駅の地下の飲み屋で”いつもの”を嗜み帰宅する。眠りにつくまで文庫本を読み、また同じような朝を迎える。

そんな彼の徹底した同じ事の繰り返しである、ルーティン化された”平穏な日常”を描き続けます。

しかし、そこには貧しさや、寂しさのようなものは一切感じられず、
その豊かさに憧れさえ抱きました。



”作品を楽しむ”ということ


この映画にはハリーポッターやONE PIECEのようなストーリー性はありません。只々、HIRAYAMAという男をドキュメンタリーのように写しています。

そしてそれが2時間続くのです。

なのに惹きつけられ続ける訳です。

作品というのは、内容や映像、音楽、役者の演技など、その作品そのもののクオリティが重要なことは勿論でありますが、どのような時代に、何を表現するかもそれらと同じくらい重要ではないかと思います。

そしてその”どのような時代か”の解釈は表現者側も持ち合わせていますが、鑑賞者側も持ち合わせていなければこの類の作品を楽しむことは出来ないのではないかと思う訳です。


この時代は”どのような時代か”


今我々の生きる時代というものを言葉で表現するというのは簡単なことではありません。しかし、なんとなく無自覚に頭の中には持ち合わせています。

そして、そのなんとなく自分の中にはあるのだけれど、うまく言葉に出来ないものが、本の中に出てきたりします。それが本の楽しみ方の一つであったりしますし、本との出会いだったりします。

そんな本との出会いが私にも先日ありました。

「〈私〉を取り戻す哲学」という書籍です。

この本は、今我々の生きる時代というものが言葉で巧妙に表現されていました。

特に映画「ミニオンズ」を用いた表現や、國分功一郎の「暇と退屈の倫理学」、東浩紀の「動物的ポストモダン」、宮台真司「終わりなき日常を生きろ」を引用した現代観というものは、私の中で分離していたものの全てが繋がった感覚がありました。

それらを私なりに要約します。

我々人類というのは約400万年の間、狩猟採集民族として生きてきました。その進化の過程で他の動物よりも大きな脳を手にした訳です。

そして1万年前に定住を始めた(定住せざるを得なかった)のです。定住するということは貯蓄が出来ますから、その富や土地をめぐる争いが行われてきた訳です。

狩猟採集民族用に進化した大きな脳は今度は様々な文化や文明を創ることに使われました。

そして安心・安全・便利・快適な生活を目指し生きてきたのです。

そしてとうとうそれらを手にし始める訳です。かつて目指したユートピア的な未来を。

ところが、そんな人類に訪れたのが「暇と退屈」な訳です。まさにミニオンズです。

ミニオンズは悪党に仕えることを生業としていましたが、度々その悪党を葬ってしまいます。そしてとうとう自分達だけの夢の楽園を築き、楽しく暮らしていたのですが、そこに訪れたのも”退屈”です。死んだも同然と表現されています。

ミニオンズは悪党に仕える必要はなく、自分達の”自由”を手にした訳ですが、”幸福”は手に入れることができなかった訳です。

ミニオンズに限らず、我々は「誰からも、何からも、時間にすら囚われることなく自由に、好きな事だけをして、生きていきたい。」と口では言うけれど、それをどこまで本気で望んでいているのでしょうか。


「人間の不幸などというものは、どれも人間が部屋にじっとしていられないがために起こる。部屋でじっとしていればいいのに、そうできない。そのためにわざわざ自分で不幸を招いている。」パスカル

國分功一郎:暇と退屈の倫理学


釣り人が欲しいのは”魚”なのか


発達した脳が行き場を失くし、住宅街を走るスポーツカー化してしまっている。オーバースペックです。そしてそれ故に何かしらの事件性を待ち望んでいるし、不幸ですら自ら招き寄せている訳です。

それを宮台真司は「終わらない日常」と名付けた訳です。
これまで不幸は、時代や、文明の未発達、戦争、疫病、天災、経済など何かの、誰かのせいにすることが可能であった時代が終わり、豊かで自由になり、幸福になる条件が整ったことで、クズなのは自分のせい、モテないのも自分のせい、幸せになれないのも自分のせい。になってしまった。

まさに文明への憂鬱です。

そして我々はその退屈や孤独から逃れるために生活するようになった。

それは東浩紀に言わせれば動物的になったし、國分功一郎に言わせれば消費になったし、岩内章太郎に言わせれば目的もないのにスマホを見続けることになってしまったのです。

”動物的”とは「欠乏」を「充足」させる為に「欲求」を満たす「消費」行動であるのに対し、本来の人間の行動とはそれらに加えて「充足」しているのにも関わらず”必要を超えて受け取ろう”とする「欲望」が存在し、「浪費」することが”人間的”である訳です。

そんな現代を生きていく上で重要なのことは”浪費”であると國分功一郎は提言しています。

人はパンのみにて生きるにあらずと言う。いや、パンも味わおうではないか。そして同時に、パンだけでなく、バラももとめよう。人の生活はバラで飾られていなければならない。

國分功一郎:暇と退屈の倫理学


この時代に”HIRAYAMA”を描くということ


PERFECT DAYSに話を戻すと、
HIRAYAMAの趣味は盆栽、音楽、カメラ、お酒(店で一人で)、文庫本。
どれも消費ではなく浪費です。

劇中にHIRAYAMAが訳あって夜にカップラーメンを食べるシーンがあるのですが、そこで彼は、封を開けたカップラーメンの臭いを嗅ぐのです。
それは即ち、随分前に買ったものか、賞味期限が切れていることを意味します。つまり、彼は日常的にカップラーメンを食べていないということが分かります。これもまた浪費を描写する一つのシーンであると感じました。

これを國分功一郎の暇と退屈の倫理学の書籍から引用した4章限に当てはめると以下のようになります。

暇と退屈の4章限

現代を生きる我々は暇や退屈から逃れるために、スマホを目的もなく永遠とスクロールしたり、仕事をしてみたり、努力をしてみたり、悪党に仕えたりする訳です。

没頭や熱中、夢中になれるものを。時間が早く過ぎるようなものを求める訳です。

幸か不幸か、現代は時間を溶かすコンテンツは量産され、誰でも暇や退屈から逃れることは容易なのかもしれません。

Ubereatsで食事が届き、Amazonで買い物ができ、Netflixでオススメのコンテンツを見るという我々の生活は安心で安全で便利で快適な自己完結型の動物的消費が侵食し始めています。

記号や観念の受け取りには限界がない。だから、記号や観念を対象とした消費という行動は、けっして終わらない。

國分功一郎:暇と退屈の倫理学

そんなこの時代において、HIRAYAMAという男の生き方は「4:暇があって、退屈していない」に分類される訳です。

劇中、あるドラブルによって一定基準値を超える仕事を押し付けられたHIRAYAMAは「これを毎日は無理ですから」と声を荒げます。日頃温厚で仕事に対して誇りを持っている彼が。

それはこの解釈で述べるならば"暇がなくなる"ことを意味します。

私はこのnoteの文頭で

そんな彼の徹底した同じ事の繰り返しである、ルーティン化された”平穏な日常”を描き続けます。
しかし、そこには貧しさや、寂しさのようなものは一切感じられず、
その豊かさに憧れさえ抱きました。

とHIRAYAMAのことを述べましたが、その理由はここにあります。

誰も、平穏な日常を生きられないのです。

ここにHIRAYAMAへの憧れ、”こんなふうに生きていけたなら”を無意識的に感じる訳であり、それは無意識的に生成された私たちの中の現代観との一致と共感である訳です。

これが「よかった。とにかく、よかった。」の中身でした。



菅野雅之


PS:皮肉なことにこのnoteが読まれたということは現代のアルゴリズムに乗っかった動物的消費の結果なんだよな。ただ、これをきっかけに映画を観にいくこと(行動の自由)や他者と映画について話すことは”人間的”かもね。


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