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ブナ林に恋をする①

ブナの原生林へ行ったのは、先月のことだった。妹のプロジェクトに参加するため、冬物のダウンを着てジーンズをはき、靴は実家で借りて、リュックに水筒を放り込んで車を走らせた。
ウインドブレーカー、トレッキングシューズのような登山用品は全く持っていなくて、もちろんわたし一人、恰好は浮いていた。
いくら山が寒いといっても、まだ秋なのにファーのついた冬物のダウンはなぁと思いながらも、これが持っている中で一番温かそうだったので仕方がない。
わたしは山育ちなので、わざわざ山登りかぁと思っていたのもあって、今までそういう行事に参加したことはなかった。
妹は仕事で山にばかり行っていたし、「お姉ちゃんもおいでよ」と何度も誘ってくれていた気がするけれど、なかなか足が向かなかったのだった。
天気予報は曇りだったけれど山だから降るかもと思いながら、もし降ったらファーのついたダウンのフードをかぶると決めた。
山は思っていたより急ではなく、緩やかに上がったり下がったりしていた。
ブナの木を見かけることは普段はない。まだらになった幹、細かな葉、これがブナか、と思った瞬間、『風立ちぬ』という言葉が浮かんだ。
風が吹き抜けて葉が斜めに落ちていく。
「ブナは葉っぱをたくさんつける木です。細かい葉っぱがたくさん下に落ちて、豊かな土を作ります」
妹は小学生の参加者にもわかるように説明している。
「落ちている実は去年の実です。今年はあまりならなかったので」
拾ってみると、ブナの実の殻ばかりが落ちている。食べたのは、鹿か、熊か。
木の大きさに比べて葉っぱは小さいけれど、種もまた小さい。
ひときわ大きなブナの幹に不思議な跡を見つけた。
「これは熊が登った跡やな。間違いない。だいぶ古いけど」
何度も山に来ている常連さんはよく知っているようだった。跡は木の上の方まで続いている。
「え、熊って、あんな上まで登れるんですか」
驚いたわたしに小学生が言った。
「そやで、熊は木登り上手なんやで」
はぁ、そうでしたか。いやいや。
熊が来たら木に逃げようかと思っていたけれど、そもそもブナの木は枝が上の方にあるので、人が登るのはまず無理だなという気がした。
ブナの森は静かだった。妹が危惧している通り、小さな木が全く見当たらない。幼木は鹿が食べてしまうのだった。
聞いてはいたけれど、目の当たりにすると心が重くなる。鹿に罪はないだけに、対策が難しい。
いつかブナを芽吹かせてみたい、と思った。
そのためのプロジェクトなのだ。
トレッキングシューズを買おう、と決めた。

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