島根から東京へ。 東京から宇宙へ。 part4


「ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ」


目覚ましの音で目が覚めた。 窓の外は曇り空。
顔を洗って、歯を磨き、身支度を整えホテルを出た。

試験は確か9:00くらいからで最初はTOEFLだった。

昨日のこともあり、気分が上がらなかった。
気分が上がらない理由はもう一つあった。実はTOEFLは何度か自分で時間を計って模擬テストを解いたことがあったが一度も550点を取れたことがなかった。それどころか500点に届くのがやっとで、時間以内で解ききれたことすらなかった。


「はぁ、、大丈夫かなぁ。昨日からついてないし、TOEFLもあんまりできなかったらどうしよう。。。」


そんなことを思いながら試験会場に向かっていった。会場に着くと既に満員だった。定員24人に対してざっと70, 80人くらい。みんな静かに参考書を読んでいた。試験まであと20分ほどあったので、単語の復習をしようと鞄の中を見たら単語帳がない。

「え、?嘘でしょ?」

そういえば、朝支度をしてる時に単語帳をベットに広げ、ちらちら見ながら準備していた。


「マジで、最悪だわ。。周りめちゃ勉強してんのに。。」


昨日の今日で、もうほぼ諦めムードになっていた。

「ここまで本気で勉強してきたのになぁ、大学受験のリベンジ果たしにきたのになぁ」
と渋々筆記用具を用意して、シャーペン、消しゴムなどを出していた時だった。

筆箱の中にあるものを見つけた。それは当時僕が高校生だった頃、通っていた国語の塾で使っていたボールペンだった。ボールペンにはその国語塾の先生のイラストがプリントされてあるシールが貼ってあった。


「先生だったらこんなときなんて言うかな。」


ペンを見ながらボーッとそんなことを考えているとある言葉を思い出した。


「事実は変えられないけど、解釈は変えられる。コップに半分水がある時、まだ半分あるなのか、もう半分しかないなのか。解釈次第でその意味が変わってくるよ。」


「そうか、自分は自分の身に起こった出来事を悪いほうにばかり捉えてて、勝手に運が悪いと思い込んでいただけなんだ。」
そう思うと目の前がパッと明るくなった気がした。

1ヶ月先の飛行機のチケットを買って、危うく試験が受けれなくなるところだったこと、英単語帳をホテルに忘れて試験前に勉強ができなかったこと。解釈を変えれば前向きになれる気がした。


「これで全部憑き物が落ちたんだ。これからは全部うまくいくぞ。英単語も、直前に見てわからない単語があったら焦るだけだし、今は集中力を高めたほうがいいんだな。」


こういうポジティブな解釈のおかげか、TOEFLのテストも思っていた以上にできた。リスニングは全部聞き取れたし、リーディングも初めて時間以内に解ききれた。これは550点いったなと上機嫌でお昼休みを迎えることができた。


近くのコンビニで買ったおにぎりを食べながら次の試験の準備をした。次は数学と物理を同時に3時間で解くテストで、時間が長いためかなり忍耐力がいる。

参考書や問題集を見ていると隣の方から声がした。


「物理さ、何選択する?」

「え、力学と電磁気じゃない? だって今年熱力難しいとしでしょ?」

「やっぱり? まあ、問題見て簡単そうな方解くわ。」


僕はすごく焦った。実はテストまでの日数があまりにも短かったから物理は力学と熱力しか勉強していなかった。物理は3つから2つ選択するテストなので、普通は全部勉強して簡単なのを当日選択するのがセオリーなのだが、それをする時間がなかった。

電磁気を勉強していないので、本当に熱力が難しいのかは比べようがないが、その言葉で結構メンタルがやられた。でも、熱力はめちゃくちゃ勉強してきたし、日本全国ほとんどの大学院の過去問を解いていて、穴はないと思ってたので、まあ大丈夫だろうぐらいで考えていた。

「はい、じゃあ試験始め。」

その合図とともにペンを取り問題に取り掛かった。最初は数学からだ。過去問の分析が当たり、ちょうど集中的に勉強したところが出た。

「よっしゃー!ついてるぞ!」

勢いそそままにサササーと40分くらいで解き終わった。正直ここら辺で

「あ、受かったわ。」
と思った。   

・・・

が、しかし、、、、

次の物理の問題に移るとその幻想は一瞬で打ち砕かれた。まず力学、高校で理系だった人はわかると思うが、力学は物理学の中で最も古い学問で、正直そこまで複雑ではない。しかし、大学院の力学は全く別物なのだ、ここでは詳しく書かないけれど、比べものにならないくらい難しい。それでも、東大の過去問レベルなら普通に解けていたんだけど、今年の問題は特別難しかった。
焦っていたのもあって、問題を難しく考えすぎて問8まであるうちの問1が40分かけても解けなかった。


「やばい、やばい、やばい。 今年の問題難すぎだろ。。」


焦ってもしょうがないので、とりあえず力学はとばして熱力に移った。

「あんだけ勉強したんだし、見たことない問題出るわけねーよ。」
とタカをくくってページをめくると、そこには全然解いたことがないタイプの問題があった。フラグはしっかり回収する。


「液層と気層のに層の熱平衡に関する問題。。」


後から聞くと、航空宇宙科ではよく問われる問題らしいが、研究室訪問で過去問をもらえなかった僕が知るはずもなく、ネットに載ってる直近5年ぶんしか知らなかったので見たことがあるわけもなかった。

正直、熱力は得意で、得点源にしようと思っていたため想定外の事態だった。力学もできないし、熱力もできない、他の人ならここで電磁気を取れるけど、僕はそうもいかない。

「ここまで来たのに、これで終わっちゃうのか、、」

「苦しい、、辛い、、」
と諦めそうになったが、今まで色んなことを乗り越えてきた僕はこんなところでは心は折れなかった。


「I have a dream」と、自分の夢と向き合ったあの日。

自分の中の金ピカを信じて、泣きながら書いた願書。

飛行機に乗れなくなりかけたこともあったが、色んな人の「頑張れ!」の言葉でここまでこれたこと。


「僕を信じてくれてる人がいる。僕が自分を信じれなくてどうするんだ。」


そう思うと自然と力が湧いてきた。

そこからはあまり覚えていない。ただ一生懸命に書いた。あってるかわからないけど、とりあえずできることは全部した。


「そこまで、解答やめ、筆記用具を置いてください。」


試験官の合図で我に返った。

外に出てみると朝の雲とは打って変わって晴天、突き抜けるような青い空が広がっていた


・・・


次の日の面接試験も全力を出し切った。

「自分が書いた小論文について簡単に5分で説明してください。」
と言われた時にはテンパって10分も話してしまい、「やってしまった」と思ったが、次の研究テーマについての面接ではスラスラ答えることができた。


その日、夜から広島で同じ研究室の仲間とお疲れ会があったので、急いで成田に向かい、飛行機に乗って広島に帰った。2日間全力で駆け抜けた疲労感でクタクタだったが、それがなんとも心地よかった。


「俺やったじゃん。結構頑張ったよな。」


大学受験の時には得られない感覚だった。他の誰でもない、自分が初めて自分を認めれた気がした。

正直受かってるかはわからない。物理はボロボロだったし、最初の面接もダメダメ。けど、自分と向き合って夢に改めて気づいたこととか、不安で泣いてたこととか、研究室で遅くまで勉強して仲間と語り合ったこととか、今思うと何泣いてんだとか思うけど、そんな自分が愛おしくて、可笑しくてクスッと笑ってしまった。


飛行機がグラグラ揺れる、雲の中に入ったんだ。

「苦しい、、辛い、、」

フッと揺れが収まり、体が軽くなった。

辺りを見渡すと一面の雲海。その上には広く大きな青い空。




また少し、宇宙に近づいた気がした。


–つづく–








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