あなただけが、なにも知らない#25

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 沈黙が、カーテンで仕切られたこの狭い空間を満たしている。涼真と居るのに居心地の悪さを感じる。それには理由があるのだろう。明確な理由が……。僕はそれを涼真にぶつけるべきだろう。


 そう……、こうやって……!


「……それで?」
 短いその言葉で、僕は話の続きを強引に訊き出そうとした。


 涼真は口を噤み、目を伏せた。


「全部、知っていたんだね。涼真は……」
 涼真はゆっくりと頷いた。


「それで、僕と彼女を会せたんだね。」
 涼真は、また頷いた。


「僕はずっと考えていたんだ。どうして母さんや父さんの記憶が薄いのか。どうして祖母に育てられているのか……。どうして頭を下げていたのか……。僕は……下げないでいいのか……。涼真以外の友達が僕を避けるのは、両親が居ないからだって思っていたんだ。僕が避けられていた理由と、僕に親が居ないかった理由。それら全ての原因は全部自分にあるって思っていたんだ。それで祖母に当たることもあったよ。今思うと悪いことをしちゃったな。でも……少し違ったよ。何となく分かってきたよ」


「勝手なことして悪かった……」


「いや、いいんだ。そのせいで記憶が少しずつだけど戻ってきているんだ。恐らくあの場所に行けたことと、南海に会えたこと。それと、あの絵を見た事が関係しているんだと思う。南海は色んな事を覚えているようだった。僕はね、やっぱり僕の母さんが殺されるべきだったと思っているんだ。涼真もそう思わないか? 南海にも言ったけど、僕の母さんは奪ったんだよ。大切な物を奪ったんだ。でも、僕の母さんも奪われていたんだけど……」頭の中が撹拌されて、僕は何かを見失っている、そんな恐怖を感じた。「そもそも、それが誰の物かなんて決まりは何処にもないんだけど……。あれ? そんな事よりも南海はどこにいるの?」
 この気持ちは何だろうか。人に会いたいとか会いたくないとか。奪う奪われたくないとかではなく。この肩で呼吸するような、嗚咽の発作で息がしづらい様なそんな感覚。

 僕は、やっぱりどうかしてしまったのかもしれない。

 呼吸の邪魔をする感覚を振り払うように、「南海はどこ?」ともう一度聞いた。

 涼真焦点が定まらず、その眼球は戸惑う魚の様に動き、「……死んだよ」と、涼真は僕に確かにそう言った。


「いや、死んだのは僕の母さんと南海の母さんで……」
 僕は、何を言っているのだろう。


「南海は、お前を助けようとして死んだんだ……」


 僕は、微かに映る記憶に意識を向けた。


「……声が聞こえた気がした」僕は、もう……何も話したくない。「腕を掴まれたんだ。それが……南海」
 全身の力が抜けた。


 体から血液が必要以上に流れ落ちたような感覚。喉の奥が熱くなり、そのまま胸を焼くように僕が発する数少ない全ての言葉は奪われる。そして僕は、当たり前の様に歩いていた小道の端の小さい穴に、心から落ちてしまった様な、そんな気持ちに襲われた。


「拓海は砂浜で偶然発見された。一人だった。頻りに南海の名前を呼んでいたって聞いたよ。そこから数キロ離れた沖で南海は見つかった。見つかっただけでも運が良かったらしい、彼女を見つけてくれた人がそう言っていたよ……。南海が発見された時、まるで笑っているみたいに幸せそうな顔をしていたって……」

 涼真の言葉を聞いても、どうしてだろう、僕は涙が出なかった。


「葬式は俺がやった。見送ったのは俺と俺の親。南海には、お前以外連絡する人が居なかった。あいつ、ずっと一人だったんだ。あのログハウスが閉店してからずっと……」


 人工的な冷たい風が、僕の体を必要以上に冷やした。一人で暮らす南海を想像しただけで、僕は罪悪感に襲われ吐きそうになった。もうどんな話も、どんな音も耳に入れたくなかった。


 病室に射し込む光は僕に厳しく、とても眩しかった。


 涼真の機嫌を直そうと渡し損ねたあの時の缶コーヒーは、僕のリュックに申し訳なさそうに入っていた……。

 ……つづく。by masato
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