映画『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』に見るキャロル J. クローヴァーの功績


ハーレイ


 キャシー・ヤン監督の『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』は、DCコミックスに登場する人気ヴィラン(悪役)のハーレイ・クイン(マーゴット・ロビー)が主役の映画。『スーサイド・スクワッド』(2016)で恋愛関係にあったジョーカーと別れ、新たな戦いに身を投じるハーレイが描かれている。

 本作は、女性による女性のための映画と言いきっていい。男に虐げられてきた女性たちが連帯して、男性優位な裏社会の者たちと戦うのだから。
 それを強調するように、本作において最大の悪役であるブラックマスク(ユアン・マクレガー)は、女性差別の姿勢を隠さない。ハーレイを“所有”するため、あらゆる手段を用いる。女性は物でしかないと言わんばかりの言動が目立つなど、典型的なセクシストだ。

 そうした者たちとの戦いに、本作は女性たちの解放という物語を重ねる。なかでも目を引いたのは、ジョーカーと別れたことが知られ、裏社会の男たちに追われるハーレイの姿だ。絶大な悪のジョーカーと別れた途端、大勢の男たちがハーレイに襲いかかる構図は、ハーレイが舐められていたことを示唆する。ジョーカーと親しいから誰も攻撃しなかっただけで、別れた今は強力な後ろ盾を持たない。ならばこれまでの恨みを晴らそうというわけだ。

 しかしハーレイは、惚れぼれするトリッキーな体技を駆使して、襲いかかってくる男たちを華麗にぶっ飛ばす。ジョーカーの後ろ盾なんかなくても、ハーレイは強い。その姿に、ジョーカーと共依存関係にあったかつてのハーレイはいない。男に依存せずとも生きていけると、背中で雄弁に語る。

 ハーレイの背中を見て、筆者はキャロル J. クローヴァーの功績を思いだしていた。中世研究と映画研究が専門の学者であるキャロルは、フェミニズムの視点からホラー映画やレイプ・リベンジ・ムービーを再評価したことで有名だ。
 キャロルの著書で特にオススメなのは、『Men, Women, and Chainsaws』だ。1992年に発表されたもので、公開当時は批判を受けたさまざまな映画に光を当てている。

 たとえば、キャロルからすれば『I Spit on Your Grave』(1978)も、フェミニズム映画として楽しめる映画だ。確かに、男たちに性暴力を受けたジェニファー・ヒルズ(カミール・キートン)が復讐する物語は、女性差別的な男たちをぶっ倒すという意味で、家父長制や男性優位社会への批判的眼差しを見いだせる。そうした読みなおしは現在にも引き継がれ、ローラ・ミークレア・ヘンリーなど興味深い研究者が多くいる。
 このような言説の積みかさねのおかげで、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』みたいな作品がドル箱映画として作られるまでになったのではないか。

 ちなみに、『I Spit on Your Grave』の邦題は『悪魔のえじき』で、劇場公開時は『発情アニマル』だった。現在の視点からすれば、どちらも微妙なタイトルだ。直訳に近い『私はあなたの墓に唾を吐きかける』のほうが、家父長制や男性優位社会を壊す側面が強調されるように思う。



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