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サッカーが与える絶望と希望。ティトー、ユーゴ内戦、そしてオシム 3/9

#3:建国の父がサッカーを選んだ理由

■サッカーを巧みに活用したティトー

ユーゴ建国の父、ティトーがサッカーに目を付けた理由はいくつかある。まずサッカーは、バルカン半島でも最も人気のあるスポーツとして定着していたし、東西陣営を問わず、ユーゴの新生国家の対外的なイメージを向上させる上でも有用だった。現にティトーは「サッカー外交(親善試合を通じた国際交流)」を駆使し、外貨獲得の手段としても用いた。 

だがサッカーが推進された背景には、それ以上に大きな大義名分がある。もともとサッカーが、労働者階級の娯楽として普及・定着していったことは皆さんもご存じだろう。このような「出自」を持つスポーツは、建国の理念である社会主義=労働者階級の解放と連帯を謳う思想と、抜群に相性が良かったのである。

The Politics of Football in Yugoslavia: Sport, Nationalism and the State 
『ユーゴスラヴィアにおけるサッカーの政治劇 スポーツ、ナショナリズム、そして国家」

■「兄弟愛と団結心」を育むスポーツ

このテーマに関して、示唆に富む議論を展開しているのがリチャード・ミルズだ。ミルズは2018年に『ユーゴスラヴィアにおけるサッカーの政治劇 スポーツ、ナショナリズム、そして国家』を出版。

同書において「サッカーは第二次大戦中、民族同士が殺し合うような混沌とした状況の中で、第二のユーゴ(ユーゴスラヴィア連邦)を形作る上で大きな役割を果たした」と指摘している。さらに様々な人物の言葉を引きながら、サッカーは民族の垣根を越えて「兄弟愛(同胞意識)と団結心」を育むスポーツとして位置づけられたと喝破した。  

■代表チームに託された国家的な使命

中でも特に大きな役割を担ったのが代表チームだった。ミルズはクロアチアの歴史家が記した象徴的なフレーズも引用している。

「reprezentacija(代表)は、同胞意識と団結に支えられた愛国思想を象徴する存在であり、大勢の前でこの思想を体現する役割を果たしていた。多民族から構成された代表チームが勝利を収めることは、複数の(連邦)国家が団結している証とされたのである」

サッカーと社会主義思想の相性の良さ。ユーゴ代表やリーグ戦に託された使命

■ヨーロッパの強豪、ユーゴ代表

好都合なことにユーゴ代表はレベルも高く、1960年代には世界トップクラスの強豪と目されるようになっていた。ちなみにイヴィツァ・オシムは、EURO68の予選で2ゴールを記録。準優勝を収めた本大会でも、ミッドフィルターとしてベストイレブンに輝いている。

ユーゴ代表はその後、二度目の全盛期を迎えることになる。
まず1987年に開催されたU-20のワールドユース選手権では、見事に優勝。「黄金世代」を柱に、A代表は90年代序盤にかけて「東洋のブラジル」と称されるタレント軍団を擁していく。ドラガン・ストイコヴィッチ、デヤン・サヴィチェヴィッチ、ダヴォール・シューケル、スヴォニミール・ボバン、ロベルト・プロシネチキ、サフェト・スシッチ、プレドラグ・ミヤトヴィッチ、ダルコ・パンチェフなどの錚々たる面々だ。

■「東欧のブラジル」が放ったまばゆい光

このような状況が、ユーゴの人々に強い希望と誇りを抱かせたことは指摘するまでもない。当時、ユーゴのサッカー界がいかに一目置かれていたかは、クラブチームの成績からもうかがえる。

レッドスター・ベオグラードは、1990-91シーズンのチャンピオンズカップ(現在のチャンピオンズリーグ)で、ヨーロッパの頂点に立っていた。その主軸になっていたのは、やはりストイコヴィッチやサヴィチェヴィッチ、プロシネチキ、パンチェフなどのユーゴ代表の面々だった。 

■「不思議でもなんでもない。単純な理屈だよ(笑)」

僕はサヴィチェヴィッチのプレーが好きで、後にACミランの一員として来日した際には高い金を払って、ヴェルディ川崎(現:東京ヴェルディ1969)との試合を観に行った覚えがある。

だが、やはり最も印象に残っているのは、ヨーロッパでも天才と謳われたストイコヴィッチだ。彼には名古屋グランパスの監督時代、何度かロングインタビューをさせてもらったことがあるが、その際に巧みなドリブルのスキルについて、こんなふうに解説してくれた。

「ドリブルで抜く秘訣? そんなの簡単さ。二人のディフェンダーがいたら、その間に突っ込んで行けばいいんだ。そうすれば相手は絶対に躊躇するし、真ん中にスペースが空くからね。不思議でもなんでもない。単純な理屈だよ(笑)」

無頓着ともいえる語り口は彼の天才性、ひいては当時のユーゴ代表が、まさに「東欧のブラジル」と呼ばれるにふさわしいタレント集団だったことを如実に示していた。

「ドリブルで抜く秘訣? そんなの簡単さ。二人のディフェンダーがいたら、その真ん中に突っ込んで行けばいいんだ。そうすれば相手は絶対に躊躇するし、真ん中にスペースが空くからね。不思議でもなんでもない。単純な理屈だよ(笑)」(ドラガン・ストイコヴィッチ)

 (文中敬称略)
 (写真撮影/スライド作成:著者)

前編:#2:危険で壊れやすいモザイク国家

次編:#4:サッカーという名の「劇薬」


『ウルトラス 世界最凶のゴール裏ジャーニー』



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