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高尚でありたい父

この前父から電話が来て、まあ出るかと思って着信をとった。
父なりには私を心配しているのだが、私はあまり話したくない。
元気ですか、そっか、今度◯◯もらったから送ろうか。
どうせそれくらいの用件だろう。なんて思っていたらちょっと驚いた話だった。不満と自虐が入り混じったような笑い声が、車の運転越しのマイクから聞こえる。

「65歳超えたから親族の許可が必要だって言うんだよ。」

スマホの契約プランでお得なプランが出たから変更しようとしたら、65歳以上のユーザーは親族に変更の旨を伝えた上で許可が必要なのだそうだ。だから夕方に電話がかかってくるだろうから丸っと内容を聞いた上で「はい」とだけ言ってほしい。そんな頼み事だった。

「まったくなんで僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。」

父はそういう人だ。
父はとてもプライドが高い。本当に高い。田舎で育った自分のことを毛嫌いするかのように、社会的地位に対する向上心は立派なものだ。私はそんな人の元で育ててもらったので基本的な生活で苦労することはなかった。
見栄を張りたがる。美的センスはない。他人に対して上からしか見れない。対等に人を見ようとすれば自分を一瞬で高い場所に置いてしまう。
それだけ自分は苦労し乗り越えてきたのだと言うのだろうが、父という仮面があってもなくても、私は父が誰かと話しているのを聞くと呆れて恥ずかしくて仕方なくなる。どうしてそんな風にしか人と話せないのだろうか。

案の定、夕方電話をかけてきてくれた担当者はハキハキと申し訳なさそうに「お父様からはなぜ自分だけ、と仰っていたのですが何せ今はどこのキャリアも同じような対応を徹底している状況でして…」と困り眉が見えそうな雰囲気だった。冷静に考えればそうでしょうに。

それこそタブレット端末をみんなが持ち出したり、いろんなサブスクが出てきた頃。高齢者が仕組みや金額をよくわからないまま契約をしてしまって、親族が支払いを見て仰天しクレームを入れるという事が多発していた。それを一括りに定年65歳を線引きして、サービス提供側は確認作業を必要に迫られた。一種の詐欺対策でもある。

私も苦笑いをしながら、とりあえず父が加入しようとしているプランを聞き、念の為解約金の確認だけしてから了承した。
(以前父がジムの解約をする際、解約金について「聞いてない」とジム側と揉めたという愚痴を聞いたことがあった。絶対自分が忘れただけだと私は思っている。)

最後に担当者は「万が一のために」と電話窓口の連絡先を伝えてきた。
まず今話している新規契約に関する窓口、アフターケアの窓口、そして解約窓口。それぞれの営業時間と合わせて案内をして、以上ですと言った。

そうか、万が一。
別に人が死なないとは思っていないし、何だったら私は家族がそれぞれ死んだら私はどんな感情になってどうなるのかを想像済みだ。でも実際の亡くなった後の事務作業が必要になる。私は姉とのLINEに共有のノートを作成して、教えてもらった連絡先をメモした。このメモに、きっと今後いろんな連絡先や契約しているものを把握していくようになるのだろう。

高尚でいたい父が、社会的な高齢者となったこれから。
先が思いやられる。私自身の先ももちろんなんだけれど。

そんな日があった。

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