♯10 契約終了した企業での背筋が凍る出来事

約3年半勤めた派遣先のある企業。
今まで行った職場の中でも、色んな意味で異質な会社だった。

フルタイムではなかったこともあり、比較的長く勤めた企業だが、
自分の作業がどの様に流れて、どういう風に役に立っていく仕事なのかの説明は一切ない会社だった。
この作業が何かの途中の段階であることは想像できるのだが、
決して教えてはくれず、ただ作業してくれればいい…と言わんばかりの姿勢だった。
それ故にマニュアルらしいマニュアルもなく、担当社員からあまり的確な業務の説明もなかった。
さすがに曖昧な指示過ぎて戸惑っていると、少し的外れな資料を渡してくれたりするのだが、作業に対してのフィードバックもこれといってなく、
最後まで自分の仕事の正解がわからないという状況で、手ごたえのない日々だった。

社風も独特で、いつでも職場内は異様に重く静まり返り、
朝出勤した時、人とすれ違った時、退社する時、挨拶をこちらからしても、返してくれる社員はほぼいなかった。
また始業前であっても派遣社員同士で会話することを禁じられていた。
こんなに露骨に派遣社員をいないものとして扱う企業もあるのだな…と結構なカルチャーショックを受けた。

また、昼休みになるとほとんどの社員が自席で会話もせずに昼食をとる。
毎日違うカップラーメンの匂いを漂わせてすする覇気のない男性社員の姿が妙に印象的だった。

この会社での就業開始時に派遣スタッフ各々にファイルボックスが渡された。
その中にはボールペンとメモ用の真っ新な大学ノートが1冊入っている。
用意したので好きに使って下さいとのことであった。

派遣には自分の席は用意されておらず、その日に空いている席に流動的に案内される流れだったので、出勤したら、その一式を自分で取って席に持っていく。
調べ物をしながらする仕事だったのだが、調べたことを忘れないようにそのノートにメモをした。
だが、その情報は次の月には古くなるようなものだった。あくまでも一過性のメモである。
自分しか見ないものなので、私以外の人間が見たら暗号のような汚い字でメモをしていた。
時々信じられない下手くそなイラストも書いたりしていた。
比較的手すきの時間もできる仕事だったので、毎回の処理件数のリストなどを作って自己満足していた。
この無機質な職場の中で、ノートのメモが増えることで、少し仕事の手ごたえを感じることができたのだ。
3年半勤めたこともあり、そのノートも最後数ページ残すぐらいまで使い込んでいた。

こんな職場であったため、当初は5人程いた派遣スタッフも一人辞め、また一人…という感じで、
補充なく最後は私ともう一人という状況になってしまっていた。

先に辞めて行った派遣スタッフさんの時もそうだったのだが、
最終出勤日に資料やノートの処分をしようとすると、担当の女性社員さんがかけ寄って来て、
「あ、こちらでちゃんと処分しますのでそのままで大丈夫です」
と、必ず言って引き取ってくれる。

ある時、気を利かせた派遣社員さんが申し出た。
「悪いので、シュレッダーかけてから帰りますよ?」
「まとめて溶解ゴミに出しますので大丈夫です。それに、後ろの残りページを切り取ってメモで使ったりしますので…」
「またまたー!笑」

メモで使う???
不思議な冗談を言うな…と少しひかかった。

そして、しばらくして私も希望の条件の仕事がみつかったこともあり、
この職場との契約を終えることにした。

私の最終出勤日も同様に、
「資料などはこちらできちんと処分しておくので、そのままで大丈夫ですよ」
と、言われそのままお任せして就業を終えた。

そして、数か月後。
新しい職場で働き始めていた時に、その職場に一人残った派遣社員さんからメールをもらった。

「お元気ですか?
 新しく入った人も徐々に仕事を覚えています。
 社員さんが、あなたのノートを新人さんに参考にするように渡してましたよ。私が欲しかったくらいです」

ノート???
最初全く意味がわからなかったのだが、意味を理解した時に、背筋が凍る思いがした。

私がメモをとっていた使い古したノートは処分されることなく、そのままそっくり新人派遣さんに渡されていたのだ。
先に書いた様に、マニュアルや引継ぎ書ではない。
あくまで個人的な一過性のメモの羅列と、私の自己満足な作業の記録に過ぎないのだ。
謙遜でも何でもなく、人に理解できるような内容のものではないので、渡された方も困惑と、あまりの汚さと内容のなさにびっくりしたと思う。

想像ではあるが、担当社員さんは数ページノートを勝手にパラパラと見て、何か情報が書いているとだけ思って渡したのだろう。
だがその情報は全て何年も前の情報であることなど考えに至らなかったのだろう。
ろくな業務の説明もなしに、そんなノートをマニュアルの様に何もわからない新人さんに渡すなんて…

いやいや!それでもやっぱり気味が悪すぎる!
メールをくれた派遣スタッフさんにはすぐに処分して欲しい旨を伝えたが、その後どうなったかの連絡はなかった。
本当に何を考えているのか最後までわからない不気味な職場だったと、後味の悪さだけが残る出来事だった。

個人情報の観点からもこれはちょっと非常識過ぎるとは思うのだが、辞めてしまうとその後どうなっているかわからない。
退職時には出来るだけ自分の物は自分の手で処分しようと心に決める出来事だった。

そして、下手くそなイラストなんて描かなければ良かった…と激しく後悔しているのだが、会社の愚痴などは書いていなくて心底ほっとしている。

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