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一期一会(詩)



駅前で長財布を拾った
とりあえず交番に届けた
すると持ち主が現れて
ものすごく感謝された

お礼にご馳走したいと言うから
僕は遠慮せず話に乗った
蕎麦屋でカツ丼を食べて
ついでにアイスクリームも付けた

彼はミュージシャンだと言った
よかったら聴いてくださいと
彼からデモテープを手渡された
それからすぐに彼と別れた

2003年、それから彼とは会っていない

彼は若そうに見えた 
おそらく僕と同じ二十代
夢を追っている彼の姿は
どこか忘れられなかった

デモテープから聞こえてきた曲は
お世辞にもセンスがあるとは言えず
しかし情熱だけは伝わった
どうか売れるように僕は願った

それから二十年 僕は結婚して
二人の子供と暮らしている
毎日なんだかんだ忙しく
だけど幸せは掴んだと思った

あるとき部屋を掃除していると
二十年前にもらったデモテープが
押入れの中から出てきたから
再生できる機械を探した

家にはなく 家電屋へ行って
とりあえずラジカセを買い
家へ帰って部屋で一人きりになり
僕はデモテープを再生した

相変わらず荒っぽくて 雑で
しかしパワーを感じる歌声だった
彼は今何をしているのだろうか
しかし 二度と会うことはないだろう

ふと 一期一会という言葉が浮かび
エモーショナルな気持ちになった
どこかで幸せに生きていてほしいと
二十年前と同じように願った

子供がクレープを食べたいというから
駅前にあるクレープ屋へ行った
作ってくれたおじさんの接客する声は
荒っぽいがパワーを感じるものだった

2023年、子供はクレープを手に入れて喜んでいる

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