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パリスの審判:3.アフロディーテの誕生

イタリアルネサンス期の画家ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」は、まさにギリシア神話のアフロディーテの誕生そのものを描いたものです。

ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生
https://publicdomainq.net/sandro-botticelli-0004153/

イタリア・フィレンツェ ウフィッツィ美術館

ギリシア神話のアフロディーテは、ローマ神話ではヴィーナスなのです。周知のように、ローマは建国以来ギリシアの影響を受けてきました。そのため、ローマの神話もギリシア神話の影響を受けています。名称が違うだけで同じ神を示す場合が多いのです。

女神アフロディーテは、海から成人の女性として誕生しました。その不思議についてヘシオドスの『神統記』によりながら迫ります。

ヘシオドス『神統記』

ヘシオドスの『神統記』は、オリュンポスの神々の誕生とその後の歴史についての伝承をまとめたものです。

ヘシオドスは、紀元前8世紀、ギリシア・ポリスの形成期に活躍した叙事詩詩人です。トロイア戦争を描いた英雄叙事詩のホメロスと同時代人です。作品として有名なのは『仕事と日』です。

今回と次回の投稿で、この『神統記』によりながら、パリスの審判の三美神、アフロディーテ、ヘラ、アテナのそれぞれの誕生秘話を紹介します。

神々の誕生

ヘシオドスによれば、原初の神は、大地の女神ガイアです。その女神大地ガイアが産んだのが、ウラノスです。この時点では、母なる大地ガイアから生まれたウラノスが、神々の王、最高神でした。

女神大地ガイアウラノスがまぐあうことで、たくさんの子どもを産みます。

母子相姦ですが、どこの国の神話にも見られる構図のようです。

女神大地ガイアの夫のウラノスへの怒り

ウラノスは、あまりいい父親ではなかったようです。多分、子どもを虐待していたのでしょう。女神大地ガイアは、夫のウラノスに対してムカついていて、つまり、怒り心頭に達していて、子どもたちに次のように言います。

「わたしと、かの不埒ふらちな父から産まれた子どもたちよ おまえたちがわたしのいうことに従ってくれるなら 私はおまえたちの父の非道な仕業に復讐してやることができるのです。
それというのもあのひとが先に恥知らずな所業を企んだのですから。」

わたしと、かの不埒ふらちな父から産まれた子どもたちよ おまえたちがわたしのいうことに従ってくれるなら 私はおまえたちの父の非道な仕業に復讐してやることができるのです。それというのもあのひとが先に恥知らずな所業を企んだのですから。

ヘシオドス『神統記』(廣川洋一訳、岩波文庫、1998年)

母の怒りに満ちたこの発言にほとんどの子どもは口をつぐんでいたのですが、「策にたけた大いなるクロノス」だけが、「勇を奮って彼の優しい母に」応えます。クロノスは、女神大地ガイアウラノスの間に産まれた末子でした。

クロノスは、母である女神大地ガイアに「父と呼ぶにも厭わしいあの男のことなどわたしはいささかも気に留めていません」と言って、母を喜ばせます。

息子クロノスによる計画の実行

そこで母の大地ガイアは、クロノスに「するどい歯のついた大鎌を手渡し、密計をすっかり打ち明け」たのでした。
この母子による父親ウラノスに対する復讐(?)の実行が、女神アフロディーテの誕生の物語につながるのです。

ヘシオドスの文章を引用します。

さておおいなるウラノスが夜を率いてやって来た 
そして大地ガイアの傍らに身をのばし 
その上全体に長々とおおいかぶさった 情愛を求めながら。
そこで息子は、待ち伏せの場から左手をのばし
右手にはするどい歯のついた大きな長い鎌を執って
すばやくわが父の陰部を切り取り背後に投げつければ 
それは後へととんでいった。

ヘシオドス『神統記』

つまり、息子のクロノスが、父親と母親が愛を交わしている時に、そこを襲い、父のウラノスの男根(ペニス)を切り取って投げ捨てたという話です。これを何と母親が計画し、それを子どもに提案し、そのための武器(鋼鉄製の大鎌)まで用意していたのです。

自分の腹を痛めた可愛い子どもたちが父から虐待されていることに怒った母親の復讐なのですが、それにしても凄まじいですね。

アフロディーテ(ヴィーナス)の誕生

息子のクロノスは、父親のペニスを切り取って海に投げ捨てることで、最高神の座を父親のウラノスから奪い取ります。

と同時に、海に投げ捨てられたウラノスのペニスからアフロディーテが誕生するのです。

「さてクロノスが父の陰部を鋼鉄(鎌)で刈り取って
陸地から 大浪うねる海原へと投げ捨てるや
それは久しい間 海原の面に漂うていた そのまわりに
白い泡が不死のししむらから湧き立ち そのなかで ひとりの乙女が
生い立った。
まずはじめに乙女は いとも聖いキュテラに進まれ
そこから四面を海のめぐるキュプロスに着かれた。
かしこく美しい女神が陸に上がりたまえば そのまわりに
若草にこくさえ出るのであった 優しい足元で。
彼女をアフロディーテ と 神々も人間どもも呼んでいる。
アプロスの中で生い育ったのだから。

さてクロノスが父の陰部を鋼鉄(鎌)で刈り取って陸地から 大浪うねる海原へと投げ捨てるやそれは久しい間 海原の面に漂うていた そのまわりに白い泡が不死のししむらから湧き立ち そのなかで ひとりの乙女が生い立った。まずはじめに乙女は いとも聖いキュテラに進まれそこから四面を海のめぐるキュプロスに着かれた。かしこく美しい女神が陸に上がりたまえば そのまわりに若草にこくさえ出るのであった 優しい足元で。彼女をアフロディーテ と 神々も人間どもも呼んでいる。アプロスの中で生い育ったのだから。

ヘシオドス『神統記』

女神アフロディーテは、クロノスが母の大地ガイアと謀らって父のペニスを切り取り、海原に棄てたことによって、海から誕生したのです。

ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」

見出し画像に使っているボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」では、生まれたアフロディーテは、貝殻の上に立っています。貝殻は、ウィキペディアによれば、ギリシア・ローマの古典時代には、女陰の暗喩だったそうです。

西風の神ゼフュロスの風に吹き送られてキプロス島に到着し、陸に上がるのですが、当然、誕生したばかりですからまっ裸です。恥じらいを含んでい立つアフロディーテに、季節の女神ホーラが花で覆われた衣を差し出しているという構図です。

終わりに

次の投稿では、パリスの審判の残りの二柱、ゼウスの正妻ヘラとゼウスの娘アテナの誕生について、同じくヘシオドスの『神統記』によって紹介します。

参考文献

余談:女性の美の基準

現代は腰がくびれ、足がほっそりとした女性が美しいとされています。いわゆる「モデル体型」ですね。

Anna Utopia Giordano 「ヴィーナスの誕生」(2013年?)

「名画のヴィーナスをモデル体型にするとこうなる」
http://rocketnews24.com/2013/01/02/281656/

上の絵は、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」のヴィーナスを現代風にダイエットさせたアートです。モデル体型のヴィーナスを制作したのは、イタリアのアーティストAnna Utopia Giorandさんという方だそうです。

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