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秋晴れの街

喫茶店のモーニングに行きたいからと、今日は久しぶりに早起きをした。シャワーを浴びて身支度を済ませる。外に出ると、爽やかな香り高い秋の空気が、穏やかに朝の挨拶を残して通り過ぎていった。

平日だというのに店内は意外と混みあっていた。コーヒーを片手に新聞を読むおじさん、朝から会話に花を咲かせる若い女の人たち、店に入るや否や「いつもの」といった振舞いの常連さんらしき人。案外朝の風景ってこんなもんなのかもしれない。

パンの種類が選べるので、私はトーストのセットに紅茶をつけることにする。いかにもモーニングな食事が即座に運ばれてくると、思わずため息が出てしまう。喫茶店に来るのはほんとうに久しぶりだった。

サクサクのトーストにはバターがじゅわりと染み込んでいて、ポテトサラダはほろりとやわらかい。紅茶の苦味もちょうどよかった。今度は、お腹のぐるぐるを気にせずにいられる日にコーヒーを頼もう。


ほどよくお腹を満たして少し休憩したあと、その足で近くの図書館へと向かった。開放的な空間で居心地がよく、たまに用もないのに訪れてしまうことさえあるお気に入りの場所だ。

景色がいいから勝手に特等席と呼んでいる窓辺の席に腰かけて、借りてきた本を開いた。後期に綿矢りさを扱う講義をとったから、その予習も兼ねて『手のひらの京』を読む。ふと目線を上げると、窓の外ではまるでジオラマの風景のように人々が息づいていた。


青色の市電がホームに停まる。信号が変わり、はげかけた横断歩道の上を人々が並びすれ違いながら歩いていく。お揃いの黒いパンプスを履いた若い女性の二人組が、ぴったり歩幅を合わせて渡っていった。

いよいよ出発しようとしている市電を目指して、おばちゃんが焦ったようによたよたと向かってくる。再び信号が変わり、進みだす市電。おばちゃんは無事に乗れたのだろうかと車体に隠れていたホームを確認すると、そこに人は残っていなかった。おばちゃんを乗せてあげた車掌さんの優しさをひっそりと噛みしめる。

お客のいない空っぽのホーム、行き交う車と秋晴れの街。


ちょうどこの景色をインスタのストーリーに上げて、フォロワーさんと京都の四条あたりっぽいよねなんて話していたら、物語にも四条や河原町の様子が狙ったかのように登場した。京都を舞台にした小説であることを知ってはいたけれど、なんだか運命的なものを感じる。

ここが京都なのかどこなのか、あやふやな感覚になったまましばらく物語の世界に浸っていた。


ここには何もないけれど、なんだってある。今時珍しくなってきたデパートがあれば綺麗な図書館もあるし、品揃えのいい八百屋さんだってある。そして人もいる、本もある。私はここに生きていて、見知らぬあなたもあの人も、ちゃんとこの場所で同じ空気を吸っている。

いつまでもここにいたかったけれど、寝不足のせいかだんだん息が苦しくなってきた。腕時計を見やると、意外なことに2時間半も居座っていたらしい。ここ数日は感染者数が減ったのをいいことにあちこちで食べ歩いていたから、お昼は大人しく家で済ませることにしよう。それからお昼寝をして、部活の練習に向かおう。


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