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「優しい人」になれない呪い

小学校高学年の頃だった。
私は優しい人間になると決意した。
この決意をした瞬間から絶対に誰の悪口も言わないんだと決意した。

私たちは小学校時代の6年間をほぼ同じメンバー30名ほどで過ごした。
6年間の間に2人出ていって、たしか2人入ってきた。
それ以外は全く同じ顔ぶれだ。
学級ではなく学年で30名ほどなので、クラス替えもない。
よくいえば平和で、悪く言えばマンネリ化した小学校生活を送っていた。
過疎、少子化と言われ出した頃(子ども基準)だったけど40人でみちみちになった人口密度の高い教室でも20人のちょっと空白が多いクラスでもないちょうどいい人数だったんじゃないかと思う。

しかしだいたい同じ顔ぶれで6年という長い時間を共にすると時として誰かのことが嫌になったり、逆に誰かの好感度が異様に上がったり、さまざまな変化がある。

ちょうどその頃はクラスの女子のAちゃんが「ぶりっこだ」と女子の間でもっぱらの評判になっていた時期だった。
Aちゃんはどちらかというと一軍寄りの女子で、陽気ってほどではないが明るくて気が強い性格の子だった。
私は特に好きでも嫌いではなかったが、私の一番の友達のSちゃんが折り合い悪そうにしていたので距離を置いていたのを覚えている。

一軍とか二軍とかいってはいるけど30人しかいない、みんなの大体の家の場所と親の顔はわかるぐらいの距離感でやってきた田舎の小学校のクラスである。
下から一軍だった私でもクラスカーストに分けるんだったら上の方なんだなという感じの子たちと家路を共にすることも結構あった。
その時に一緒だった子たちがかなりの打率で「Aちゃんは女子といる時と男子といる時とで態度が違う。ぶりっこしている!」というトークを繰り広げるようになったは5年生の頃だったか6年生の頃だったか。

私は保育園の頃から「マオロンちゃんはとろいんだー!」とからかわれるぐらいにはとろくさくて鈍感な子どもだったので、Aちゃんの態度の違いについてはさっぱりわからなかった。
しかしそう言われると男子にぶりっこをするのは媚びててよくないんじゃないかと思春期の鈍い子どもなりに思ったので「そうだよね!なんかやだよね!」と同調していた。

しかしだんだんぶりっこのこともよくわからないのに適当に返事をしている自分が恥ずかしいと思えるようになってきた。
と高尚な子どもぶってみるが実際はわからないまま友達のトークに返事をしていたので、だんだん自分のなかで適当な返事の辻褄が合わなくなり自分で勝手に気持ち悪くなって、このままじゃよくないような気がしてきたのだ。

あと単純にわざととかじゃなくて、男子にからまれたり自分から男子に話しかけにいったりする時に照れたり怯えたりしてしまって自然と「男子の前で素を出せない自分」の存在に気がついた。
このことについて「あれ、これもぶりっこじゃん……?」と勘づいてしまったので誰かに悟られる前に自分の身は自分で守らなくてはならなかったのである。
そうしないと「マオロンちゃんもぶりっこじゃん!Aちゃんの悪口言ってたくせに〜」みたいなことになりそうで怖かった。

まあそういうわけで私は「悪口をいうのはよくない!」と正義漢ぶることにした。
絶対に誰の悪口も言わない!
私はすごく優しい人間になるんだ!
と決心したのである。

私はその決心だけでとてつもなく強い人間になれたような気がした。
アンパンマンのように優しいスーパーヒーローになった気持ちになれた。
新鮮な気持ちだ。
すがすがしさまである。

その万能感そのまま、まずは父にその決心を報告することにした。

「おとうさん、私、優しい人になるよ!」

できるわけないだろう、と怒鳴られた。
車の中は静かだった。
ドライブ中で、父が運転していて、私は助手席に座っていた。

どうしてなれないだなんて言われなくちゃいけないんだろう。
眉間がつんとして鼻の奥から透明な水が溢れてくる。
志が根本からばきばきに折られてしまったような気持ちだった。

父はなにやら難しいことを低い声で早口に喋って私にどうして優しい人間になれないのかを滔々と問いていたようだったが幼い私は何を言っているのか理解することができなかった。
大人になった今なんとなく想像はできるけれど、多分「人は無自覚のうちに誰かを傷つけてしまっているもので、そういったことを想像できないのは傲慢だ。自分は優しい人間だと形容して自らの無自覚な加害に盲目になるんじゃない」と言いたかったんだろう。

正直すっげ〜〜〜嫌な言い方されたけどそれはまあわかる。
すっげ〜〜〜嫌な気持ちにさせられたし正直今思い出してこれを書いてるこの瞬間も「あの時すっげ〜〜〜泣きそうになったけどやっぱあんな言い方されることなくない?」みたいな。
なるほど、なるほどね。

まずこんなことで菩薩になれてない時点で優しい人間になるのは無理ですわ。

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