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ナイト・オブ・シンクロニシティ:前編(カルマティックあげるよ ♯148)

これから記すことは、僕とエツとトシが共に遭遇した、ある不思議な一夜についての記録である。


学生生活の終わりを目前に迎えた、大学4年生の3月。卒業制作展という美術系大学特有の一大イベントも終わり、学生達はみな新たな環境での生活に向け各自準備に追われつつも、残り少ない学生生活を謳歌していた。自分の周辺はどうだったかと言うと、エツは大学院への進学、トシは半年間の留年が決まっていた。そして僕はのらりくらりとした性格が災いし就活を見事に内定0のまま終えてしまい働き口のあてもないため、離れた実家へと一旦帰還することが決まっていた。エツとトシは当分この地に残るが、僕はじきに去ることになる。進学のため移り住んで4年間、もはや第二の故郷と呼べるほどに慣れ親しんだこの土地を離れること、そして気の置けない学友達と別れることの寂しさを抱きかかえながら、一日一日を大切に過ごしていた。

その頃、エツが自家用車を買った。シルバーメタリックのジムニーだった。

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当時僕らが住んでいた地域は、冬は3月まで雪に覆われる北の地方都市。自動車は季節を選ばない移動手段として重宝する乗り物だ。僕は原付バイク、トシはロードバイクを所有していたが、いずれも雪道の上では走れない。自動車を持たない僕とトシは、エツのジムニーに乗せてもらって共にドライブを楽しむのが当時の日課となっていた。国道から外れた狭い道を走ってたら雪の中にズボーーッとタイヤがハマって抜け出せず一瞬パニックになったり、変な看板の店や奇抜なデザインの遊具のある公園を車窓から物色したり、夜遅くに遠く離れた店にラーメンを食べに行って美味しさに感動したりと、エツの運転のおかげで色々な体験ができた。僕らにとってドライブというのは、わずかな時間で楽しむことのできる濃密な旅だった。

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3月20日。その日の夜もエツ、トシ、僕の3人でジムニーに乗り込み、エンジンをふかして小さな旅に出かけた。大抵行き先は決めずに出発し、その後皆で話し合ってどこに向かうかその場の気分で決めていた。お金は大してなかったが、自由な時間と移動に困らない程度のガソリンは手元にあった。

いつもドライブのBGMはカーラジオから大きめの音で流れるAM放送だった。もちろんその日もだ。

『ラジオの前のみなさんこんばんは!今日もタメになる情報を色々とお伝えしていきますね〜!まずは気になる映画のお話から…』

浮ついた口調のラジオDJの話を適当に聞き流しつつ、皆で会話を楽しんでいた。エツがふと言った。

「こないだ図書館で画集を調べてたらさ、めっちゃインパクトのある絵を見つけたんだよね。」

信号待ちで停まっている車内で、エツは淡々と続けた。

「ローマの法王みたいな感じの衣装を着た人が椅子に座ってるんだけど、なぜかすごい形相で叫んでて、筆のタッチも荒々しくて変わってるの。強烈な作風だった。」
「へえー。なんて画家?」

僕は覚えがないので聞いてみた。エツもすぐには思い出せない様子だった。

「…なんかねえ、食べ物っぽい名前なんだよね確か。そして同じ名前の哲学者の人がいて……。」

信号が青に変わった。前の車に続いてアクセルを踏み込んだエツは、考えこんだ様子から急にハッとした表情になり言った。

「思い出したわ!フランシス・ベーコンだ!」

その時。ラジオから番組を進行するDJの言葉が響いた。

『…先日、俳優のケビン・ベーコンさんが…』

ほとんど同じタイミングで、エツの喋り、ラジオの放送それぞれで、2人の『ベーコン』の名が偶然呼ばれたのである。ラジオ放送のネタを会話の話題にしていたわけでもなく、どちらも何の前触れもなく発音された人名だった。数秒違えば危うく見事に『ベーコン』の名がハーモナイズするところであった。

皆一瞬あっけに取られたが、すぐに笑い出した。

「いやあ、今のおもしろかったねえ! ユングが言ってたシンクロニシティってやつだねえ!」

エツは楽しげに言った。そうか、こういう偶然何かが一致する現象をシンクロニシティというのか、と僕は思った。身に覚えがあった。小学生の頃、行事で体育館に入るため列を作って並んでいる時、一人頭の中であるゲームキャラのことを理由もなくぼんやり思い浮かべると同時に、近くでおしゃべりしていた同級生2人が突然そのキャラのことを話題として話し始めたことがった。まるでテレパシーが通じたようでギョッとした。
まあ当時の小学生の間では知名度の高いゲームキャラだったので話題にあがることは珍しいことでもなく、たまたまタイミングが重なっただけだったと思う。
それに比べると、フランシス・ベーコンとケビン・ベーコン2人の名がほぼ同じタイミングで突然発音されるのなんて、すごい偶然だ。

しかし不思議な現象はこれだけでは終わらなかった。


前述した通り、僕らのドライブの目的地は大抵、出発してから話し合いで行き先が決まる。今夜の目的地はどうしよう?と相談した結果、北に30km程度走った地点にある温泉街へ行くことになった。山に囲まれし盆地の田園地帯に築かれた、こじんまりとした規模ながらも日々良質な天然源泉が沸く、地元では名高い湯のまちだった。豪華な旅館に宿泊する余裕はないが、せめて足湯にでも浸かって温泉気分を味わおうというノリで決まった。

ガードレール下に除雪された雪が積もった片側2車線のバイパスを、ジムニーはスイスイと走っていった。軽自動車としては高い車高ゆえ、車窓からは周囲を走る車のルーフを見下ろすことができた。不思議な優越感があった。

相も変わらず車内での会話は弾む。エツが大学に進学する以前、地元にいた昔の同級生についての話をし始めた。

「同じクラスに、植物が大好きですごく詳しい人がいてさ。本名はノボル君っていうんだけど、あまりにも植物好きだからミドリ君ってあだ名で皆から呼ばれてたんだよ。変わったあだ名でしょ?」

へー、とぼんやり答えながら聞いていて、ふと思い出した。僕の高校時代にも、所属していた美術部に「名前がノボル君だけど、あだ名がミドリ君」という設定に当てはまる人がいたのだ。彼の苗字はここでは明かさないが全く「緑」という言葉とは関係ない。そしてこちらのミドリ君のあだ名の由来だが、彼の場合はモスグリーンのセーターをよく好んで着ており、それが印象的だったためか部活仲間の間で「ミドリ君」というあだ名が定着していたのである。
そして実はトシも僕と同じ高校出身で、同じ美術部に所属していたのでその件は知っていた。僕がそのことを言おうとした矢先、トシが先に口を開いた。

「コセちゃん、そういえばさあ、うちらの部活にも名前がノボルだけどあだ名がミドリ君って人いたよね。」

ちょうど思い起こしていたので、うんいたね、と淡々と返した。トシは続けて言った。

「しかもさ、部活の名簿で彼の住所を見たことがあったんだけど、彼偶然「緑町」在住だったんだよ。」

確かに僕らの地元の地域には「緑町」という町名があった。なんということか。緑色の服をよく着ていたからあだ名がミドリ君だったのに、住んでいた土地の名前までミドリ町だったとは。こんな偶然があるなんて。
そして、「名前がノボル君なのにあだ名がミドリ君」というレアな条件に当てはまる人物が、お互い出身地が離れた地方であるエツと、僕とトシとで共通して存在していたなんて。こんな偶然が重なることなんてあるだろうか。

「…いやー、やばいなあ!さっきのベーコンのシンクロニシティもすごかったけど、1日に2回も起こるなんて!」

エツは興奮しながらも喜んでいた。僕とトシもだ。こういった奇妙なハプニングは、我々の間では日頃からよくある光景だった。偶然が立て続けに2回起きたからといって戸惑うことなどなく、むしろ楽しむ心の余裕があったのだ。

しかし不思議な現象はこれだけでは終わらなかった。


行き先を決めてからバイパスを走り続けて40分ほど。だんだんと温泉街が近づいてきた。楽しく談笑しているとあっという間に感じた。ここらへんでちょっと一休みしようということになり、道沿いに見つけたコンビニエンスストアに車を停め入店したのだった。
コンビニにて僕たち3人は各自トイレに入ったり、棚を物色したりと別行動で過ごした。僕はお菓子の棚の中に、ここら一帯では珍しい京菓子の生八ツ橋が陳列されているのを見つけ、足湯に入った時おやつにでも食べようと手に取った。それと少し喉も乾いていたので、当時好きでよく飲んでいた500mlパックのコーヒー牛乳も買うことにした。温泉街というロケーションにもぴったりだ。

会計を済ませ品物の入ったビニール袋を提げながら車内へ戻ると、エツもトシも既に座席に座って待っていた。

「ごめん、お待たせ!」

僕はそう言いながら助手席のドアを開け乗り込む。2人とも大して気にしていない様子で、それぞれ買った物が入ったビニール袋をガサゴソといじっていた。

「エツは何買ったの?お茶?」

なんとなく声をかけた。エツはジュースやサイダーなど、甘い飲み物を好まない。僕が好きなコーヒー牛乳もだ。見かける時に飲んでいる飲料はもっぱら無糖のお茶が多かった。しかし…

「いや〜なんかね、温泉街行くってことになったからさ。湯上り気分を味わおうとコレにしてみたんだよね。」

と言って、手にしている飲料のパッケージを見せてきた。僕が買ったのと同じ500mlパックのコーヒー牛乳だった。

「あれ………!?」

僕が驚くと同時に、エツも僕が袋から取り出したコーヒー牛乳のパッケージを見て、一瞬ハッとした表情をした様子だった。しかしすぐに笑い出した。

「コセちゃん、カフェオレとかコーヒー牛乳系好きだもんね!今回はかぶっちゃったね!」

その時、後部座席に静かに座っていたトシが口を開いた。

「……オレも、買った………」

僕とエツが振り向くと、ほくそ笑むトシの顔があった。手には僕らと同じ500mlパックのコーヒー牛乳が握られていた。

3人とも別行動だったのに、偶然同じ500mlパックのコーヒー牛乳を買っていたのだ。今日3度目のシンクロニシティだった。温泉街に向かうというシチュエーションが僕ら3人に対し、無意識の内に湯上り後の定番ドリンクであるコーヒー牛乳を欲しがらせたのかもしれない。文脈効果というやつだろうか。
一瞬車内が奇妙な雰囲気に覆われたものの、すぐに皆「アハハ、またかよ!」と笑って車を発進させた。2度あることは3度あるとは言うが、夜のドライブで全員ハイになっていたのだろう、大して気にも留めなかった。

バイパス道路を曲がり、昭和の名残とも呼ぶべきごつい明朝体で温泉名が記された、田舎のリゾート地にありがちな趣味が良いとは言えない巨大な原色のゲートをくぐり抜け、温泉街の中へと入った。箱根や草津のごとくそこら中から湯けむりが漂い、橋の上では大正風の街灯が柔らかな黄色の光を放ち……なんて光景を思い浮かべるかもしれないが、ここは穴場と言うべきこじんまりとした温泉街。生活感溢れる民家が道沿いに立ち並ぶ中で旅館がぽつんぽつんと点在する程度の、いまいち華やかさには欠けるランドスケープだった。それでも僕は初めて訪れる温泉街であり、いささか興奮しながら車窓からの景色を楽しんでいた。

しかし小さな温泉街にも関わらず3人とも土地勘がないゆえ道に迷ってしまい、しばらくグルグルぐるぐる回っていた。そもそも足湯がどこにあるかもわからなかった。いや、もしかしたらないのかもしれない。正直、ちゃんとあるのかどうか誰も調べていない。今ならこういう時はスマートフォンでチャチャッとスマートに調べられるもんだが、当時はそんな文明の利器はなかった。我々の旅はいつも行き当たりばったりだった。

「いや〜、足湯入りたいなあ……」

3人とも心の中から願っていたであろう時、温泉の神様に願いが通じたのか、突然目の前に東屋風の屋根が備え付けられた段状の足湯が姿を現した。うまいこと出くわせたようだ。我々は歓喜の声をあげながら車を近くの駐車スペースに停めると、一目散に足湯へと向かった。しかし薄暗い街頭に照らされた足湯の浴槽の中を見て、全員驚愕した。

「浅っ!なんだこりゃ!?」

通常、足湯というのは足を入れたら大体足首くらいまではつかれる程度の深さがあるのが一般的だ。しかし我々が見たその足湯は、足を入れてもせいぜい足の甲が隠れるくらいまでの数cmの深さしかない、チョロチョロとお湯が流れるなんとも頼りない足湯なのだった。一応足の部分はつかれるからギリ「足湯」としては成立するのか?

「おうニイちゃん達、足湯さ入りにきたのか!」

足湯のすぐ近くのスペースで、仲間同士で煙草を空いながらだべっていた休憩中のタクシー運転手と思しきおっちゃん達の一人が、笑いながら声をかけてきた。

「ここの足湯はよお!この時間になったらもう営業時間外だから、少ししかお湯流さねえんだよ!」

なるほど、そういう訳か。普段はちゃんと足湯らしい深さで営業してるけど、店じまいするとこのチョロチョロ足湯になってしまうわけか。携帯電話の時計を見ると既に22時半を過ぎていた。そもそも無料で開放されている足湯に営業時間なんて概念が存在するのかと疑問に思ったが、足湯に入れば足湯に従えだ。この遅い時間でも温泉を流してくれていることにむしろ感謝するべきなのだろう。

教えてくれたタクシー運転手さんにお礼を言うと、僕らは足湯の縁に並んで腰掛け、流れる湯の中に足をひたした。まだ寒さの残る3月の夜、足の甲を温かい温泉が包み、くすぐるように流れていく。その感覚を皮膚で味わいながら、3人とも偶然お揃いで買ったコーヒー牛乳をすする。夜更けの貧乏学生達のささやかな至福の時間だった。

僕は先ほどコンビニで買った生八つ橋を持ってきていた。それを2人におすそ分けする。エツはちょっと驚いたような顔をして言った。

「ありがとう!…俺、なぜかちょうど八つ橋が食べたいなあと思ってたんだよね。」

生八ツ橋を買ったことはこの時まで2人には伝えていなかった。これもシンクロニシティか?不思議に感じたが八つ橋をほおばった途端、口の中に広がる美味しさからそんな疑念も消え去ってしまった。

足湯は気持ちよかったが、足以外のほぼ全身は寒かったので長居はせず、それなりに楽しんだところで車内へと戻った。コーヒー牛乳と八つ橋を肴に足湯を楽しむという、安上がりながらも温泉街ならではの風流な時間を堪能できた。

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(こちらが当時入った足湯。数年前の日中、久々に再訪した時の写真。この時はきちんと営業時間中だったみたいで足首くらいまで湯につかれた。)


そろそろ夜中に差し掛かろうという時間帯だった。満足した僕らは「もう帰ろうぜ」というムードになり、車を出発させ帰路についた。エツの運転するジムニーはまたもや多少迷いつつも温泉街を出ると、バイパスを来た道とは逆方向へとぐんぐんと走っていった。僕含め皆少し疲れたのか、車内は往時よりは静かになっていた。車窓の隙間から、近くを追い越してゆく車の音がビュンビュン聞こえてきた。

さて、地方交通の大動脈であるバイパスにはいくつもの大きな交差点がある。そして大抵の交差点では差し掛かる手前あたりに、青地に矢印とルートマークと地名とが記載された「この道を行くとここに行けますよ」という情報を知らせる案内標識が設置されている。ぱっと見るだけで目的地への方向がわかるだけでなく、自身が今いる位置も大体把握できる便利な標識だ。当時は今と違って手軽にスマートフォンの地図アプリで位置を調べられるような時代ではなかったので、この案内標識は重要な存在だった。日頃から行き当たりばったりなドライブを楽しむ僕らにとっては、この標識がないとあっという間に迷子になるからだ。

足湯を出て30分程度走った頃だっただろうか。大きな交差点付近にて、目の前に例の青い案内標識が見えた。こう書かれてあった。

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「←(左折方向)山寺 」

山寺とはここらの市街地から遠く離れた山の中、切り立った崖の上にそびえ立つお寺だ。創建から一千年以上という歴史を持ち、長い石段を登りながら巡る境内は見どころが多く、特に山上に位置するお堂からの景色は絶景と評判らしい。全国から観光客もたくさん訪ねてくる名所である。と偉そうに書いたものの、実は僕は行ったことがなかった。

さて、その案内標識を見たエツが、突然こんな提案をした。

「あのさ、これから山寺の方行ってみない?あそこ日中は人で賑わうけど、夜になったら誰もいなさそうじゃん。お参りするのにもちょうどよくない?

時刻は既に23時を過ぎていた。こんな時間じゃお寺も閉まってて参拝なんぞできないのが常識だ。しかしこの頃の我々はそんなことも知らないほど無知で無謀であった。

「いいじゃん!行こうぜ!」

僕もトシも同意した。僕はお参りの楽しみもあったが、まだ山寺に行ったことがなかったため単純にどんな所か見てみたいという欲求の方が強かった。先ほどまでの家に帰ろうという気持ちも皆どこかへ吹っ飛んでしまっていたようだった。3人揃って好奇心が生きる動力源だった。

エツは分岐点となる交差点に差し掛かると、ハンドルを左へと切った。ジムニーはバイパスを離れ、山へと向かう街灯も車通りも少ない暗い道を走っていった。

そして不思議な現象はこれだけでは終わらなかった。


つづく

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