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【#青ブラ文学部】小さな恋との別れ

「私、今日でお別れしなくちゃいけないの」
 僕の手のひらに乗っかった小人が悲しげに言った。
「どうして?」
 僕がそう聞くと、彼女は「人間に見つかったから。遠い所に引っ越さないといけない」と少し視線を落として言った。
 親指よりも小さな身体が小刻みに震えていた。
「僕が守ってあげるよ」
 そう言って人差し指を近づけて、ソッと身体に触れた。
「駄目なの」
 小人は僕の指先に両手で掴んだ。
「前にも同じような事があったの。でも、彼らは引っ越さずに住み続けていた。
 けど、悪い奴らには捕まって、後はどうなったか……」
 彼女は俯き、シックシックと雨の音に近い声で泣き出した。
「あなたと別れたくない。けど、死にたくない」
 この言葉に僕は覚悟を決めた。
「分かった。遠くに行っても元気でね」
 そう言うと、彼女はゆっくりと顔を上げた。
 花の種よりも小さな眼が赤くなっていた。
「頬を私の方に向けて」
 彼女はしゃっくりをしながら言った。
 僕は言う通りにすると、ほんの僅かに暖かい感触がした。
「私のこと忘れないで」
 僕が顔を向けた時には、彼女の姿はいなかった。
 いつも忍んでいた窓が僅かに開き、カーテンが少し揺れていた。
(あぁ、行ってしまったんだな)
 僕は全身の力が抜けてしまい、近くにあった椅子に腰掛けて、ボゥと空虚な天井を見上げていた。
 こうして、僕の手のひらの恋は終わった。

 だが、その一週間後にとある老人を助けて変な豆をもらって埋め、それが成長して巨木ができ、それを登っていったら、雲の上に王国があって、そこに住む巨人のお姫様と恋に落ちるとは――この時の僕はまだ知らなかった。

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