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【#虎吉の交流部屋プチ企画】秋刀魚の回想

 秋刀魚さんまを見ると、いつもあの日を思い出す。
 当時、高校生だった私は精神の故障により、心が空っぽだった。
 学業も人間関係も全然駄目で、将来に絶望していた。
 これはもう呪いかもしれないと思い、神頼みする事にした。どれが一番今の自分に効くだろうかと、あれこれ調べていると、良い神社を見つけた。
 そこは池袋駅から西武秩父線に乗らないといけなかった。私は早速池袋駅で電子マネーで改札を通り、電車に乗った。
 電車は地下鉄のような横並びではなく、向かい合う形の席だった。客はまばらだったので、一つの区画を独占する形で座った。
 都会のビル群を遠ざかり、平坦な住宅街を駆け抜け、山がチラホラ目立ってきた時に、目的の駅に着いた。
 駅から降りると、目の前に食堂みたいなのがあった。近づいてみたが、やっていなかった。
 スマートフォンの地図アプリを見ながら目的の神社を目指して歩いていると、紅い鳥居が目に入ってきた。
 神社はそこそこ広めで、拝殿も写真で見た通りの大きさだった。
 五円玉を投げて、二回頭を下げて、二回拍手して、少し神に祈った後、また頭を下げて、神社を去った。
 さて、家に帰ろうかなと思っていた時、ふと昼ご飯を食べていない事を思い出した。
 しかし、神社周辺はコンビニもスーパーもなかった。駅前の食堂も開いていないので、池袋で何か食べようかなと思って歩いていると、看板を見つけた。
『あずま屋』と一枚板の木で書かれた店は、見たところ暖簾がかけてあるので、営業中だと分かった。
 表にメニューとかはなかったので、外観だけでは日本食系の店ということしか分からなかった。
 いつもの私だったら、ここで引き返すだろうが、見知らぬ土地に来たからなのか、好奇心が勝って、所持金が十分ある事を確認すると、店の引き戸をスライドさせた。
 中は、座敷とテーブル席とカウンター席の三つに分かれていた。部屋の天井隅にはテレビがあり、サラリーマンのおじさんが食い入るように野球中継を見ていた。
(蕎麦かうどん屋かな)
 そう考察していると、エプロンを着た中年女性がやって来て、「何名様」と言ってきた。
 独りだと答えると、店員は私をカウンター席に案内した。その席は入り口とレジを通り過ぎて、すぐ近くにあった。
 席に座ると、メニューが立てかけてあったので、それを手に取った。
 ザッと記載されている料理を見た限り、ここは蕎麦屋だった。しかし、チラホラ定食もある事から、食堂に近い店なのだろう。
 私は何を食べようか、明朝体の文字列を見ながらペラペラとめくっていると、しおりみたいに一枚の紙が挟まっていた。

『季節限定の秋刀魚さんま定食あります 値段1500円』

 手書きの文字でそう書かれてあった。
 私はいつの間にか置いてあった水を一口飲みながら何を食べるか考えた。
 私の所持金は2000円弱。帰りの電車賃の事も考えると、1000円は残しておきたい。
 だけど、秋刀魚さんま定食――脂乗りのいい身をさっぱりとした大根おろしに乗せ、それを一口食べる情景を想像しただけでもヨダレが落ちてきた。
 が、値段がけっこうなものだった。天ぷら定食よりも値をはっているという事は相当な魚か、はたまた秋刀魚以外に小鉢的なものが付いているのか、それは分からなかった。
 アレコレと悩んだ結果、私は舞茸の天ぷら蕎麦にしてしまった。値段は870円とまぁまぁなものだった。
 ヨボヨボのお婆さんに配膳してくれた温かい蕎麦は、いかにも王道な身なりをしていた。
 割り箸を割って、蕎麦を啜ってみた。うん、ある程度の喉越しがある。
 次につゆを飲んでみる。うん、出汁がきいている。
 舞茸の天ぷらを一口かじる。うん、可もなく不可もなく。
 それ以上の感情が湧き上がる事もなく、私はそれをあっという間に完食し、チャチャッと千円札を出してお釣りを貰うと、そそくささと店を出た。
 天ぷらのムカムカとした胃もたれを感じながら駅に着くまでの道中を歩いていったのを今でも思い出す。
 電車マネーのチャージをしようと思って、残高を調べてみたら、十分にあると知った時、私は後悔の気持ちでいっぱいだった。
 もし、あの時、秋刀魚定食にしていたら、今頃胃もたれなんかしなかっただろう――などと脳内で文句を言いながら電車に乗り、家に帰った。
 あの日以来、私は秋刀魚を見かける度に、あの時歩いた道や店の外観、配膳してくれたお婆ちゃん、イマイチな舞茸の天ぷらが脳内でフラッシュバックされる。
 また食べに行きたいと思って、もう一度あの場所に行ってみたが、その店はとっくに無くなって、コインランドリーになっていた。
 

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