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1人には少し広い部屋で、いつの間にか落ち切ってしまった僕。


コンタクトを変えるタイミングが分からなくなってしまった。
2weekのコンタクトを使っている人の中で、マメに使った日を記録している人は少ないんじゃないかと僕は思う。僕もその1人で、でも前まではなんとなく今日は3日目くらいだな、と感覚でわかったので、「2週間くらい」も分かっていたのに。


なんだかよく分からなくなっていた。


よく分からなくなっていたどころか、もう1ヶ月くらい同じものを使っている気がする。
高校生で人生で初めてコンタクトを買った時、眼科の綺麗なお姉さんに、「1日の終わりにこうやってすすぎ洗いをしてくださいね」と言われて、僕はその教えの通りに人差し指の腹ですすぎ洗いをして、もう25になったわけなんだけれど、こちらも最近はやらなくなってしまった。洗浄液の消毒能力に頼って、目から取ったコンタクトを無造作に液の中に放り込むのみになっていた。
コンタクトを外して、視界がぼやけていたけどそれでも分かるくらいひどく疲れた男の顔を見て驚いた。
俺って、こんなに老けてたっけ。



食欲も無ければ飯を作る気力もないが、1週間ほど前に体調を崩して会社を休んだ時、「体調管理も仕事のうち」とかなんとか言われて上司に嫌な目で見られたので、何か食べるものは無いかと冷蔵庫を覗き込む。


卵が2個、いつ買ったかも分からないロースハムがあったので、ハムエッグと米を食べようと決めた。"疲れている時ほど、簡単でも良いから自分の手で作ったものを食べた方がいい。"とか言ってたのは誰だったっけ。


1人にしては広いダイニングテーブルに、出来立てのハムエッグとパックの米を並べて席に着く。手元を見ずに引き出しから箸を取ったら、赤色の箸と青色の箸が1本ずつになってしまったけど、誰も見ていないから食べられればそれでいい。


あまりの静けさになんだか心が落ち着かなかったので、いつから使ってあげてないかも記憶にないテレビをつけた。最近野球選手と熱愛報道が出ている女子アナが、そんなことないように平然と、天気予報を読み上げている。今週は東京でも雪が降るらしい。



もう2月か。





「7月は2人で手を繋いで近所のお祭りに行こう、8月は下の公園で花火をして、蚊に刺される前にうちに帰ってこようね。9月はお月見したいし、10月はハロウィン、11月になったら衣替えして、12月はクリスマスだから…」

真っ白な紙に地図を描くように、空っぽの新居を歩き回って2人の未来を勝手にペラペラと話す彼女を、「はいはい、全部やろうね。」と抱き締めたのはつい最近の事じゃなかったっけ。


千葉で両親と暮らす彼女は、東京で一人暮らしをする僕の家に、2週間に1回遊びに来てくれた。2週に1度のペースの理由は仕事柄休みが不規則で、毎週土日が休みなわけじゃ無いから、というものもあったが、「あんまり会いすぎてもドキドキしなくなるでしょ。それに、1人でやりたい事もあるし。」という彼女の持論からだった。僕は、実は彼女は毎週土日が休みだったんじゃないかと思っている。今となってはもうどっちでも良いけど、とにかく、彼女はきっかり2週に1度、僕の家に来た。





それが僕がコンタクトを変えるタイミングだった。


「だっさ」

そう呟いてふっと笑って、僕は残りの一口を無理矢理胃の中に詰め込み、赤い箸はゴミ箱の中に投げ捨てた。





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