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こちら側からあちら側へ、また船をこぎだすまで。『竹迫 司登、再起』1

初めてこちら側に来た。デビュー以来すべての対戦相手を追いやってきたこちら側に。

負けるまで知らなかったこちら側の世界で私たちはたくさんの学びを得た。失うと怯えていたのに、失ったものはたった一つの「無敗」という称号だけだった。

こちらはプロボクサー竹迫司登の敗北〜本日の試合を妻目線からお話させていただくドキュメントな内容となります。まず初めにこちらの記事を読んでいただけるとわかりやすいです。長いです。とりあえず長いです。読んだらスキ♥をくださる嬉しいです。

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◆こちら側から見た世界

夫が起き上がり担架に乗せられている。歩けると伝えると車いすが用意された。どうやら歩かせてはもらえないらしい。初めての海外試合、初めての緊急搬送、初めての敗北、私の頭は現実を事実として、シンプルにとらえている。でもそれを、認知できずにいた。

リングサイドでしゃくり泣いていた私は立ち上がって娘を友人に任せ、夫のもとへ行き、手をとって「お疲れさま」といった。

「勝たせてあげられなくて、ごめん」
「勝てなくて心配かけて、ごめん」

お互い声を掛け合って、一息ついた後に私は手に力を入れて

「大丈夫、また一緒に戦おう」

と声をかけたが、夫からは返事が返ってこなかった。

全てを悟ったような神妙な顔で私の手を握り返してきて、目があっても感情が読めない。それどころか何故かゆるやかに笑って見せた。それもまた不気味だった。

今から思うと当たり前だ。初めての敗北から5分以内の出来事である。私は経験のないこちら側の世界を良くも悪くも何もわかっていなかった。

日本からわざわざこの試合の応援に来てくれた応援者達が夫を取りかこみ労いと熱い言葉をおくってくれた。誰かから「紙一重だったよ!」という声があがり、夫は単調なトーンで「ホントウデスカ」といった。

誰一人として、私みたいに進退になどふれてこなかった。当たり前である。

でも紙一重ときいた時、

!?それだ!!!!!!それ!!!

という気持ちが沸いた。本当にぐわっときた。なんと表現しようかと私の心は戸惑っていた。続けてほしい理由は、試合の中に詰まっている。思考が完全に停止していて表現する言葉が見つからなかったのだ。なのでもう一度戦おうなんて、ババ抜きで負けた後のような軽い口調で口走ってしまった。

本当に紙一重だった。だからもう一度一緒に頑張りたかった。心の底からそう思っていた。

TVでは伝わらなかったかもしれない両選手の息遣いがそこにあった。試合が始まりラウンドを重ねるにつれてメイリム選手の顔色が曇っていた。焦りが見える瞬間もあったように思う。だからこそ本気で応戦してきた。メイリム選手の心の余裕は萎んでいく様子を、夫の応援者は感じていた。私も、ラウンドを重ねれば必ずチャンスが来ると思っていた。相手の顔もどんどん険しくなっていった。

「ボディー嫌がっているよ」「冷静に相手を見て」「打ち終わり、狙われているよ」という声援が、飛ぶ。すべて想定していた展開だった。

でも私の心だけは、引っかかっているものがあった。試合前、夫を控室に送り出すとき言った。

「狙うな、追いかけるな、ムキになるな」

この言葉を試合中、心の中で何度も唱えた。ボクシングの事はわからないが、夫の心の内は誰よりもわかっている。

人が家を出るとき、気を付けてねと言われれば、事故率が減るといわれているような、そんな潜在的な意識の暗示になってくれるのでは、と期待していたのに。

でもメイリム選手は、眉を顰め、目を細め、必死に夫のパンチを耐えよけ、狙っていたのだ、その時を。でもなかなかその場面は訪れなかったように思う。

だが8回にとうとう訪れてしまった。苦しい中、苦しさを耐え忍び、この時を待っていたのだろう。メイリム選手が作戦を完全に嵌めた瞬間だった。夫が右カウンターからラッシュをもらっている。私は「張り合うな張り合うな!」と声をあげて叫んでいた。

が、夫は仰向けに倒れていった。

8R 2分33秒の出来事だった。あと27秒でインターバルがあった。

前日インタビューで「俺がボクシングを教えてやる」といっていた。メイリム選手は相手の綻びが見える瞬間を知っていたし、その時をしっかりと待っていた。苦しくとも、組み立ての技術、全てが上手で、こちらが勝っていたのはおそらくパンチ力のみ。そんな相手だからパンチがミートしなかった。

夫にもその見据える能力があれば…
ディフェンスを強化できていれば…

頭の中はタラレバ論争でいっぱいだった。
でも何度考えても、紙一重だった。

↑U-NEXTさんの今回の試合の見どころ紹介で8Rで¨逆転¨KO負けと記載してくださってました。うれしい。ほかの皆様も、竹迫は世界に及ばないというよりも¨経験値の差¨と表現してくださることが多かった。とても嬉しかったです。

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◆「辞めさせへんからな。」

救急車の到着は遅かった。韓国は日本と時差がない。試合は土曜だったので、休日に特別な患者(殴りあっているし、血だらけで、脳震盪まで起こしている日本人)を受け入れてくれる病院なんて簡単には見つからない。

後ろでメイリム選手があちら側の世界にいる。国旗を掲げ安堵と喜びを開放しインタビューを受けていた。あちら側は開放感が強い。

¨こちら側にいると、あちら側はこう映るのか。¨

私はずっと配慮不足があったかもしれないな。厳しい世界だ。ずっとずっとぼやあっと見ていたら、1度目が合った気がして、どきっとした。

憎らしい、恨めしい…そんな感情がチラついた自分の惨めさを感じ取られたような気がして…。相手は何も悪くないのに。(心の整理がついてなかっただけで、今は冷静にリスペクトを払っているし、当たり前の光景です。)

そのインタビューで竹迫はパンチ力があったと認めてくれていたらしい。さすがだ。スポーツマンシップにのっとっている。対戦相手の良さをポジティブに受け入れる器。あの教えてやる発言はここにはまでかかっているというのだろうか。あの時の愚かな自分がとっても恥ずかしい。

30分くらいたったとき、救急車が到着して、やっと救急車に乗り込んだ。
ワールドスポーツボクシングジムの齊田会長と、私と一歳の娘、そして夫の四人で。

私は気が気じゃなかった。負けたら引退すると常々言ってここまできた。夫にとって引退は、家族の為、セカンドキャリアの為、世界が取れないと自分の限界を感じた時、続けることに何の意味もなく、スポンサーの応援に甘え続ける真似はしない。それが本人のボクサーとしての大則だった。

これまでスポンサーの社長たちを目の前に、剛直に「世界を取ります。」と伝えてきて、そんな夫のまっすぐな心に、沢山の社長たちが手を差し伸べてくれ、心を結んできた。竹迫は練習には手を抜かない。しんどいから手を抜く、さぼりたくなる、そんな人間の性とは無縁の次元で生きている。だからこそ結んだあの手の内にはお互いの夢が詰まっている。夢中になると猪突猛進ゆえにトレーナーに「練習を休んでくれ」と言われたこともあったし、「最近の目標は頑張らないことです」とニコニコと答え記者の方を困惑させた経験があるほどだ。それほどここまで、全力だった。

齊田会長が夫と労いと慰め、考察を話しているが、齊田会長の前向きな意見を受け取らない夫に焦っていた。辞めると言い出すのではないか、と気が気じゃなかった。

「辞めさせへんからな。」

血迷った私は脈拍もなく言い放ってしまった。

焦って色んなものを取っ払ったこの言葉だけを急に投げつけて。

先ほどのババ抜きの誘いとは裏腹に。その発言が夫に言わせれば、熱くなっているように見えたらしい。

私はどう夫を説得するか考えていた。初めての海外試合で、初めての持ち込み食による滞在、減量にリカバリー。私も勉強になった。まだできることは沢山ある。それは夫も同じはずだ。

これまで国内練習のみ、結果がすべての世界ではあるが、世界2位にパンチ力というただ1つの武器しか持たず、ここまで張り合ったのだ。

(↑熱くなっていたの話は今回の試合のPVを作成してくださったA-SIGN.BOXING.さんのインタビュー内の話です。※下記参照)

齊田会長は口を紡いで私たちを見ていたように思う。そして夫は一呼吸おいて苦しい笑みを浮かべながら、こう聞いた。

「齊田会長は、まだ僕にボクシングの未来を感じますか」

「当たり前だよ。なにいってるの、本当に紙一重だったよ」

45分後病院に到着した。

私たちが乗っているこれは救急車だ。重篤患者であれば、もう息の根はないだろうな。と何度も思った。そんなしょうもない事を考えてふっと笑う。そんなことしか考えることがなかった。夫の意識があって本当によかった。

夫は見たこともないようなとんでもない太さの針で点滴などを打たれることとなり、目を丸くして、看護師さん達を笑わせていた。(竹ぐしみたいだったなあ・・・)数時間、病院で検査時間がかかることとなり、齊田会長が身の回りの世話を率先してくれてるので甘えて私は暴れる娘と外に出た。

私は社長達に電話をかけた。

「負けてしまいました。すみません…でも…でも…わがままなんですけど…まだ、やらせて欲しいんです。まだやりたいんです…。本人はまだ何とも言うてないんですけど…私が私が…」

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3時間ほど検査を受けホテルに戻り、待ってくれていた応援者にまた挨拶をさせてもらって、部屋に戻ったのに

うん!
とも
すん!
とも

言わない夫にまたもや私は詰め寄った。(今思えばなんて思いやりのない行動だろうと反省は少しだけしている…ミジンコくらいには。いきなり刀を持ってボロボロの夫に襲いかかりる鬼嫁だと言われれば否定できない程度の。)

「みんなが言った通り紙一重やった。負けたけど、相手もあせってたし、あなたが冷静さを持ってあのラウンドを守りに入っていたら、あの後の試合展開はまだわからんかったと私は本気でおもってんねん。スポンサーに電話したで。続けるって言っといたわ。辞めたらもったいない。海外にはまだ沢山の選手がいるねんから、まだまだ伸ばせる。世界にはもっとたくさんの技術がおちてるはずやん。ボクシングをもっとちゃんとできるチャンスやから。海外でもどこでも行こう。

「最後の最後までパンチは見えてたし、なんで倒れたんかわからん。俺カウンター合わせに行ってんで。きがついたら力が入らんと倒れてた。倒れてるまで覚えてて、3Rで鼓膜が破れて逆に心臓の音が聞こえるほど集中して相手の事追えてた。でもあんなけパンチももらって、こんな倒れ方して、俺は家族との今後の人生を考えてる。全然納得するボクシングはできてなかったから。」

「家族の為?娘には夢を真っ直ぐ追う事の素晴らしさ、楽しく生きる事の大切さを教える事があなたの仕事やん。納得するボクシングって何なん、koできれば満足ってこと?ポイントに切り替えて逃げ切って勝つ方法だってあった。いままでのあなたは絶対しない方法。おそらく向こうはそう思ってたと思う、そうさせへんかったけど、あなたが追いかけてて。でもだからこそ、狙われたな、打ち終わりを。上手やった。でもあの時あなたもそっちに切り替えてたら?どう思う?」

俺はまだ自分の試合も見てへんから・・・なんとも言われへんねん、とりあえず試合が見たい。・・・お腹が空いた。」

紙一重だという反応に対しての「ホントウデスカ」はそういう事だった。
自分のボクシングを、世界への可能性に照らして、否定しつつあったのだ。そもそも、自分のボクシングがどんなものあったのかも、夫はまだ知らない。

そんな中、私は応援してくださったお礼のご連絡をしたらすぐに中谷正義選手がこんな言葉をくれた。

『「試合で思うような結果が出なかったからといって今まで積み重ねてきた物が否定されたわけではない、自分の良さまで見失わないで」それを客観的な目線で竹迫に伝えてあげて』と。

そうか。

重要なのは、負けてしまったけど勝てる見込みがあったことではなかった。

これまでのボクシングを、これまでの自分を、どう受け入れるかが肝心なのに、夫はまだ受け入れるどころか、その試合の自分をまだ知らなかったのである。選手にしかわからない、その気持ちを教えてくれた。

中谷さんがこういってくれていたよ。と、そんな会話をしてルームサービスでご飯を食べた。私から結論を求めるのはやめた。結論はしっかりと自分の心に問いながら。夫がどちらかを決心するのだ。

韓国には4日間滞在する事になっていて、海外ではU-NEXTは見れない。試合を見るのは帰国後になる。

その4日はホテルの中でのんびり過ごしたり、気分をかえるために軽く観光などをしたりもした。

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◆「まだ戦うよね」


試合を終えた2日目の朝、起きると夫はベットに座っていて、わくわくの笑顔で言った。昨日まで死んだ魚の目をしていたくせに。夜中に何があったというのだ。

俺まだボクシングやるわ。海外に行く。まだまだ出来ることがあったし、本当のボクシングを教えてもらった。日本国内だけじゃなくて、海外にいく。学べる技術はまだまだたくさんあった。麻裕のいう通り、やっぱり海外や!」

実は2018年頃伊藤プロモーターと会食をさせていただく機会があり、その時から「竹迫くんは海外で経験を積んだ方がいいよ」とライトにアドバイスをくれた事があった。私は経験上、まずは先ゆく先輩を真似るのが、成功の近道だと思っていたので、海外合宿を提案した事もあった。でもまだデビューから3年であったし、いろいろな事の折り合いも、悪く実現には至らなかった。アジアベルトを取った頃には、コロナもあり、視野になかったというよりも現実からは遠のいていた道になっていた。

夜中に一人で、日本から送ってもらった試合のムービーを見たらしい。

思ったより応戦できていて、強靭なオフェンスに頼り切りだった自分を、変えられると、どうやら確信付いたようだった。

「よかったぁあああああ!!!!!やろう!やろうやろう、海外かぁ、住もう!行こう!よし、齊田会長にまだやりますってとりあえず連絡しよう!今すぐ!」

気が変わらぬ内にと連絡を促した。そして竹迫はすぐ電話で続けると宣言した。朝の6時過ぎだったと記憶している。(齊田会長その節はごめんなさい)

その日、以前対戦したユ・ギュンモ選手がホテルまで会いに来てくれた。韓国で試合が決まった発表の後、応援にいくと連絡をくれて試合当日もわざわざ控室まで応援に来てくれたのだ。

彼は夫に「まだ戦うよね」と力強く聞いた。
それに夫は「うん、そのつもり」と答えた。

ギュンモはよかったと安堵の表情で笑ってくれた。

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続きは試合直後に更新します。

試合はこちらから本日の18:00より放送があります。


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