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とりあえず公開で復習していく~八正道~

少し前から、こくちーずで見つけた「身近な哲学オンライン勉強会」に参加して仏教のお話を聞いています。昨日は八正道のお話でした。途中参加だったので理解が足りない所もありますが、ざっくり書いてみます。

【八正道とは】
ブッダが繰り返し説いた、道理に沿って生きるプロセス。仏教における道理(真理)とは、全ての物事は、瞬間ごとに現れては消えるということ。これを軸に、段階的に、煩悩(迷い、苦しみのループ)からの脱却をめざす。

※個人的に大事だと思ったのは、日本語の「正しい」という言葉にまつわる堅苦しい?イメージはちょっと横において考えること。ブッダの教えは、決して私たちを縛るものではない。むしろ逆。

①正見…道理に沿って物事を見る(物事は現れては消えるの連続、として見る)
②正思惟…道理に沿って思考する(現実というものはこの瞬間にしか存在しないという前提で考える)
③正語…道理に沿って発言する(①②をふまえて発言する)
④正業…道理に沿って行動する(①②をふまえて行動する)
⑤正命…道理に沿って生活する(①②をふまえたライフスタイル)
⑥正精進…道理に沿って努力する(①②をふまえると、停滞はしないはず)
⑦正念…道理を忘れないこと
⑧正定…精神統一(散らばっていた心が静まる)

で、このプロセスの妨げとなるのが煩悩といわれる。悩ませる心。わずらいの心。大きく分けると3つ。「貪」「瞋」「痴」。とんじんち。

・貪…むさぼり。わが物にしたい心。
・瞋…嫌う心。むさぼりを邪魔するものに対して怒る。
・痴…愚かしさ。全ては刹那ごとの営み、という道理を知らない。無明。

人間は基本むさぼり状態、という話がおもしろかった。むさぼり状態だからこそ必死で頑張る局面って確かにある。でも、ラクをむさぼるのも貪の心らしい。ラクして結果だけ得たい心が、貪。

しかし「全ては瞬間ごとに現れては消える」という道理をおとしこんでいくと、欲しい対象は、物であれ人であれ、一秒たりとも同じ状態ではないとわかる。わが物になんてしようがないし、何より「欲しがっているこの自分」こそ変化の真っ只中である。仏教は、そこを見なさいという。そこを見てもなお、求めるもの。そのために言葉を使い、行動を重ねることが、道を歩む基本である、と感じました。




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