見出し画像

自分で自分にブレーキをするー潜在的ブロック。

やりたいのにできない。

そんな気持ちになったことありませんか?

ーーー


何度も諦めてきた。

でも、ずっとやりたかったこと。

それは、

クリエィティブな活動を主として生きる。

アートティスト

子どもの頃から絵を描くことや工作が大好きで、気がつくとピカソのような絵を描いていた。

そして、小学生の時初めてルーブルの展覧会に連れて行ってもらった時、全身に電撃が走り、涙が出るくらい心が動きました。

なぜか分からないけど、子どもの頃に描いたスケッチブックや絵だけは捨てられず、結婚する時、迷わずダンボールに詰めていた。

その頃から、鳥、星や天体、天使の羽を描いていた。

好きなものはずっと変わっていない。

閉じ込められた羽

不思議なくらい中学になってからの作品が全然残っていない。


なぜなら、アートで表現する自分を殺したから。


高校進学のために、『将来は何がしたいのか』答えを迫られて、『アート系で行きたい』と先生と親に伝えました。

まず初めに美術の先生から、「アートを仕事にすると食べていけないよ。」と言われました。

それでも、ここが良い!と思ったアート系の高校に見学に言った時の帰り道、親に「とてもいい学校だけど、仕事が不安定ね。」と言われ、

その時、『他にしないさい。』と言われた気がした。

当時、成績優秀だった私は、いろんな先生から説得され、結局進学校を選ぶことにしました。

そして、その時からアートは見て楽しむだけと、自分に言い聞かせてその情熱に蓋をして過ごす日々。

でも、何か作っていないとストレス過多になってしまうので、服を作ってみたり、ビーズをやってみたり、服飾系に切り替えて、自分の思いを発散させていきました。

そして、高校で留学を経て帰国した時、また進路を決める選択に迫られました。

その時は、服飾系で行こうと決めて、友達と学校見学に行って夢を膨らませて、ワクワクしていました。

でも、学校に戻れば、美術の先生に「就職先に困るぞ。」とか、親からは、「美術系の学校はお金がかかるし、仕事にならない。」と言われて、高校進学の時と同じく、やはり無難に大学は経済学部を選びました。

この2回の決断は、

私を支えてくれていた人のために、自分の気持ちとは真逆の選択をしています。

その選択があったから、今があるので自分の選択はよかったし、その時の自分に感謝しているのですが、アートを手放したことは、魂レベルでずっと心残りだったのです。

そして、今。

自分に正直に生きたいと思った時、

アートで自分を表現したい。

その声が聞こえてきました。

お金になるかも分からない。
家族の足を引っ張るかもしれない。

そんな不安はあるけれど、

それより自分を信じて一歩踏み出してみることで、まず自分の想いに応えて、自分に対する信頼を裏切らないことが、今の私には大切なこと。その信頼感、安心感は、後々、他者に投影されると信じています。

そして、

私がアートに出会い、心動き、癒されてきたように、誰かの光となって導いていけたら、そんな幸せはないと感じています。

私から溢れる想いやその波動で誰かの助けになる。

そう想って絵を描いています。

Mayumi🦩

#あの時あの選択をしたから

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?