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いのちを守るマモリビト ~ 児童虐待から子どもをマモル ~

執筆:竹内慎哉先生

虐待を受けて死亡することもが1年間で何人いるかご存知ですか?
令和3年度は74名の子どもが虐待でなくなっています。[1]

~Main Story~

都佐先生は研修医、今日は救急の上級医 波多先生と一緒に当直です。年始の休みも終わり、救急外来はずいぶん落ち着いてきました。でも、さすがに冬なので、患者さんはまだまだ受診してきて、救急外来は相変わらず繁盛しています。そんな当直中、22時ころに4ヵ月の乳児、与謝 鯉くんが母親とともにwalk inで受診してきました。主訴は頭部打撲。お母さんは「コイちゃん! コイちゃん! 大丈夫だよね!? お母さん一緒だからね…」と、かなり慌てた様子で、ややパニックになっているようです。
話を聞いてみると、ソファの上で寝かして、洗濯をしていたら、ドンという音が聞こえて慌てて見に行くと、ソファの下に落ちていた子どもを発見した。子どもを発見してから少しの間は反応がなかったが、その後に泣き出した、とのこと。心配になり、夫とともに受診。嘔吐はなし。今はやや不機嫌。父親も不機嫌、「(妻に向かって)お前は泣くんじゃねー! このくらい大丈夫って言ってるだろーが! ソファから落ちたくらいで大げさな。俺は明日も仕事があるんだ、もう大丈夫でしょ、先生、ね」と。

研修医(都佐):波多先生、鯉くんですが、今はちょっと不機嫌くらいですが、夜なので許容の範囲内かと。ソファなので、高さも高くなく、数秒程度でPECARN(Pediatric Emergency Care Applied Research Network)(小児頭部外傷CT撮像ルール)にも該当しないと思います。被爆のリスクもあるので、頭部打撲の注意点のパンフレットをお渡しして帰宅にしようと思います。
指導医(波多):ちょっと待って。鯉くん、なんで落ちたのかなぁ。もう寝返りするころ?ちょっと早くない? ゴロゴロ寝返りし始めるのは5~6ヵ月くらいでしょ。
都佐:いや、足バタバタとかしてたのかな、と。それくらいならできると思うので。
波多:そうだね、確かにありうるけど、それは推測になっちゃってるから一度確認しないとね。あと、数秒って言っていたけどお母さんが見つけてから数秒だったみたいだね。洗濯機からとソファは近かったのかな? 駆けつけるまでの時間を入れたら5秒はたつんじゃない? やや不機嫌なのも「意識の変容」にあたりそうな気もするし。もう少し、詳しく話を聞いてみようか。病歴を聞く時の基本は「YouTubeに再現動画として挙げれるくらい詳細に」だよ。
都佐:…分かりました。でも、お父さんが後ろで凄んでて怖いんです。早く帰りたいオーラがプンプン出てて。。。
波多:そうか、私も一緒に行くね。


波多:こんばんは、今日の救急の責任医師の波多と言います。よろしくお願いいたします。こちらの都佐からひと通りお話は聞かせていただきました。びっくりしましたよね。
:こんな時間にすみません。1mくらいのベビーベッドに乗せて、柵もしたと思っていたんですけど。私の不注意です。申し訳ありません。
都佐:(え? さっきはソファって言ってたのに。)
波多:ちなみに洗濯をしていたとのことですが、洗濯機と鯉くんが寝ていたのは同じフロアですか?
:いえ、洗濯機は1階で寝室は2階です。上から音がしたので何かと思って見に行くと、落ちていました。少し反応がなかったの慌てちゃって。申し訳ありません。
波多:母子手帳は持ってらっしゃいますか?
:いえ、今はちょっと、、、
父:大丈夫ですよね、先生。早く帰るぞ、おい。
:え、、、でも、、、はい、、、すみません。
波多:少しお待ちください。実は、少し反応のない時間が長いことと、ベッドの高さ、鯉くんがすこし不機嫌ということが気になっています。もしかしたら、おなかの中や、頭の中に出血をしている可能性があります。あまりお時間は取らせませんので、腹部の超音波と頭のCTの検査をさせていただいてもよいでしょうか?
:どれくらいかかるんですか?
波多:15分から20分程度いただければと思います。
:分かりました。


~After Story~

腹部エコーの際に胸腹部にいくつか打撲痕を認め、頭部CTでも薄い硬膜下血腫を認めました。児童虐待が疑われるケースとして、CAPS(Child Abuse Prevention System)の小児科医師に相談、入院の上、翌日児童相談所へ通告となりました。のちの調べでは、一人目の子どもでイライラした父親は当たり散らして、泣いている子どもをベッドから蹴り落とした、今までも何度かある、もともと怒ると手が付けられないため母親は何も言えなかった、とのことでした。

児童相談所への虐待相談の相談経路は、警察等、近隣・知人、家族・親戚、学校からが多い状況です。[2]

いかがでしたか。「そうはいっても虐待なんて、そうそうないだろう」と思いますか? 本当にそうでしょうか? 図1のように、児童虐待相談対応件数は年々増えており、令和4年度の件数も21万9,170件と最多を更新しています。[2] あくまで、“相談”件数であり、重複や認定されなかったケースも含まれてはいますが、少なくとも虐待が疑われると認知された件数は増えて大幅に増えています。そして、虐待で傷ついた子どもは救急車で運ばれます。場合によっては軽微な症状で救急外来を受診することもあるでしょう。それは何かのヘルプサインかもしれません。そのような中で、虐待を疑い、その存在を見抜くことは小児科医・救急医の大事な役割です。

虐待には身体的虐待だけでなく、ネグレクト、性的虐待、心理的虐待があります。平成24年度までは身体的虐待が最多でしたが、平成25年度からは心理的虐待が最多となっており、令和4年度は59.1%を心理的虐待が占めています。[2] 心理的虐待は大きな声や脅すような言葉で恐怖を与える、無視や拒否的な態度、著しいきょうだい間差別、ドメスティック・バイオレンスを目撃させる、などが一例になります。どれも一見しただけでは分かりにくいです。

個人としてできることとして、虐待について知る、サポーターになる、ということもありますが、まずは、子育て中の保護者に優しい対応をお願いいたします。虐待は決して許されるものではありません。とはいえ、“虐待をしたい”と思って虐待をしている保護者はいません。虐待の後ろにある、保護者の背景(つらさ、大変さ、怖さ、など)を改善しない限り、虐待は隠れて続いていくでしょう。みんなが子育てしやすい環境を作るため、みんなで協力していきませんか。

図1 児童虐待相談対応件数の推移

https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/kousei/21/backdata/01-02-01-07.htm

医療者であれば“虐待”というワードが出てこなくても、“何か気になる”と思った人は多いのではないでしょうか? その感覚が非常に大事です。“何か気になる”の具体的な言語化例を表1に示します。このケースの場合、内容がコロコロ変わる、発達段階に合わない受傷機転、母子手帳を持っていない、父は早く帰りたがり診療にやや拒否的、などが当てはまります。一つでもあれば虐待である、とまでは言いませんが、病歴や身体所見を慎重に、詳細にとるように心掛ける必要はあるでしょう。

そして、虐待は思ったより身近です。保護者が助けを求めて救急外来を受診することもあります。そもそも、子どもの病院受診は思った以上に難しい案件です。子どものけがや病気は必ずと言っていいほど突然です。突然休めない気持ちは皆さんも分かるのではないでしょうか? 子どもを一人で受診させることも不可能です。簡単に「明日来てください」と言っても親にも仕事があります。確実に誰かの力が必要です。「なんでこんな時間に来たの? 日中に来ないと」という医療者の発言は「連れてこない方がいいんだ」「自分は悪いことをした」という思いを保護者に植えつけるかもしれません。「連れてきて来てくれてありがとうございます。大変でしたね」そんなひと言で、みんなが優しくなれます。そのひと言で、子どもの命が守れるかもしれません。

表1 “何か気になる”の言語化例=========================================
 病歴の不自然さ、身体所見との乖離

   受診が遅い
   説明があいまい、内容がコロコロ変わる
   外傷を繰り返している、救急外来を何度も受診している
   発達段階に見合わない受傷機転/外傷
 保護者の態度、親子関係
   子どもに対して攻撃的
   子どもに対して興味がなさそう/激しく叱る
   母子手帳がない、治療や入院を拒否する
 子どもの態度や様子
   体や着衣が不潔、低身長、低体重
   落ち着きがない、乱暴な言動
   無表情
   極度に緊張している
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救急外来は診断するだけ、治療するだけ、ではありません。社会の一員として、子どもをどう守っていくか、次につなげていくか、そういったことも考えながら日々仕事をしています。でも、それだけでは虐待を見つけることはできても、虐待を未然に防ぐことは難しい。なので、まずは、家庭の事情ですぐに休める職場、子育て中の親子を温かい目で見守る、辛そうであれば声掛けしあう、そんな社会にみんなでしていきましょう。

参考文献
1) 子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第19次報告)
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c36a12d5-fb29-481d-861c-a7fea559909d/7a46d84e/20230905_councils_shingikai_gyakutai_boushihogojirei_19-houkoku_12.pdf
2) 令和4年度の児童虐待相談対応件数(速報値)
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/a176de99-390e-4065-a7fb-fe569ab2450c/12d7a89f/20230401_policies_jidougyakutai_19.pdf

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※このエピソードは実話ではなく、これまで経験した例をもとにしたフィクションです。

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