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MAJI

先日、夢に亡き父が出てきた。
よく晴れた洗濯日和の午前中、わたしと父は家にいた。起床したばかりらしい父は裸足で、ごそごそと箪笥を探っている。そうして適当に見つけた靴下を履こうとしたので止めた。それはわたし、もしくは姉の靴下であったからだ。正確に言えばそれは先の割れた「足袋下」だったので、わたしのものだったかもしれない。(わたしは夏頃から足袋下を履く生活をスタートし、これまで履いていた靴下をすべて捨てたからだ)
「わたしが、お父さんの履ける靴下を探しておくから」と代打を申し出て、彼の箪笥捜索を辞めさせる。そうしてわたしが箪笥をごそごそしていると、父は困ったように笑いながら「マジで(履けるものなら)何でもいいから」と言った。

うちの父は、ふっくらとしたお腹と小さな目、ゆるく上がった口角という、恵比寿様チックなフォルムと見た目だ。人が好きで、飲み屋なんかですぐに友人を作る反面、頑固で口の悪いところもある。昔は相当に教育に厳しかったらしい。あまりに厳しすぎたため、三女であるわたしのことはかなり緩く育てたのだとか。だから、宿題の算数の計算が分からなくてはたかれたり、言葉遣いを注意されたりなんてことは、本当に片手で数えるくらいなのだ。

そんな父とのこんなエピソードがある。かつて、楽しみにしていたロフトベッドが家に届いたときのこと。宅配業者の車が家の前に停まり、大きな荷物を持った配達員がうちの玄関に向かってくるのを窓から見て、わたしは喜びのあまり「マジ?!」と声を上げた。(予想よりずっと早くベッドが届いた喜びも含まれている)すると父は即座に「なんだその喋り方は!」と叱った。当時小学生だったわたしは、「マジ」なんて誰でも使っているじゃないか!と思いつつも、父の厳しい言葉に打ち震え、「…本当?」と言い直したのである。

そんな父が、夢の中でごく自然に「マジ」を使っている。もしかして、本当は父も「マジ」を使ってみたかったのだろうか…?そう思いながら、わたしは靴下を探し続けた。

その後、わたしは洗濯機を回していたことを思い出す。しかし洗面所に行くと、そこに洗濯物はない。それもそのはず、洗濯物の入った籠は、すでに父がベランダに運んでくれていた。そればかりか、洗濯物干しの手伝いまでしてくれている。
お父さんありがとうね…そんな感謝の気持ちを覚えたのは一瞬だけ。なぜなら、洗濯物を干すにあたり、窓も網戸も全開に開け放たれていたからだ。

わたしは猛ダッシュでベランダに出る。案の定、飼い猫がお父さんの周りをちょろちょろしていた。その猫をむんずと鷲掴みにして部屋に入れ、すぐさま窓を閉める。肝を冷やすとはこのことだ。
それから、なんて危険なことをしてくれるのだ、猫が逃げたり、転落したりしたらどうするのだ、といったことを喚きたてた。普段から脱走に気を付け、外出時や窓を開ける時の動作には殊更気を付けているだけに、かなり怒ってしまった。しかしながら父は相変わらず、能天気に、のんびり、ニコニコわたしを眺めているのだった。

――久しぶりに父が現れたのはそんな夢だった。父が出てくる夢は、いつも突拍子がなく、奇妙な夢であることが多い。今回は割合理解がおよぶ内容ではあったものの、不必要に緩急がある内容で、夢から覚めたあとも変にドキドキとしてしまった。
ベッドサイドの出窓を見ると、猫が丸くなって寝ている。その「現実」に安心してから、わたしはベッドを出て、その日の仕事に取り掛かったのだった。

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