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導入施設へのフォローに論文執筆、リハビリセンターでの臨床。作業療法士が医療機器ベンチャーに転職したら、“できること”がたくさんありました!

VRを活用したリハビリテーション用医療機器、mediVRカグラ。この機器がまだ完成していなかった2016年頃から開発に関わり、リハビリに必要な要素を提案してくれたのが作業療法士の村川雄一朗です。

当時は国立循環器病研究センター(以下、国循)で働いていましたが、2020年にmediVRに入社。現在は導入施設のフォローに論文執筆、mediVRリハビリテーションセンターでの臨床など幅広い役割を担い、会社にとってなくてはならない存在となっています。

そんな村川ですが、過去には覚醒下脳外科手術のサポートを多数経験していたり、HIV由来の認知症にいち早く注目して研究留学していたりと、実は作業療法士としてなかなかユニークな経歴の持ち主。なぜ国立病院という安定した職場からヘルスケアベンチャーに転職したのか、作業療法士のキャリア形成についてどんな考えを持っているのか、根掘り葉掘り聞いてみました。

村川雄一朗(むらかわ・ゆういちろう):作業療法士
滋賀県生まれ。2010年大阪府立大学総合リハビリテーション学部卒。国立病院機構大阪医療センターに入職後、大阪府立大学大学院で研究を続ける。脳腫瘍の術中評価やHIV関連認知機能障害などの研究を実施し、学会セミナー講師や海外留学などを経験。2016年に国立循環器病研究センターに転職し、2020年4月株式会社mediVR入社。京都大学大学院医学研究科に在学中。

自分のように後悔する人を減らしたくて、作業療法士を目指した

——まずは、作業療法士になろうと思ったきっかけを教えてください。

高2のときにサッカーをしていて指を骨折し、リハビリを受けるなかで作業療法士という職業があることを知りました。ただ、僕はリハビリへのモチベーションが続かなくて、途中でサボってしまったタイプなんです。学校を早退すると授業が遅れてしまうし、放課後は友だちと遊びたかったから。

その結果どうなったかというと、指が曲がらなくなってしまったんです。「こんなことならもっと真剣にリハビリに取り組めばよかった」と後悔しましたが、もう遅かった。一度固まってしまうと、もう元の状態には戻せないのです。

リハビリは痛いし苦しいので、逃げたくなります。だからこそ、医療に関わる人は患者さんにきちんとリハビリの意義を伝えて、リハビリに取り組もうという気持ちにさせることが大切なのではないでしょうか。自分と同じ後悔をする人を減らしたくて、作業療法を学べる大学に進みました。それまでは機械工学や情報システム工学の方面に進もうとしていたので、大きな転換でしたね。

——専門学校ではなく大学を選んだのはなぜですか?

専門技能を身につけるだけでなく、幅広い知識や経験を持ったほうが作業療法士として成長できるだろうと考えたからです。卒業後も学問を続けたくて、大阪医療センターに入職した翌年に大阪府立大学大学院に進学し、働きながら研究もしていました。

——研究の内容を教えてください。

大学の卒業研究で遷延性意識障害の介護者や高次脳機能障害の当事者からお話を聞く機会があり、脳の働きや認知機能に関心を抱くようになりました。この分野が発展すれば、多くの人の困りごとを解決できると考えたのです。特にやりたかったのは、脳腫瘍摘出手術の最中に患者さんに麻酔から覚めてもらい、言語機能や運動機能を確認しながら進める覚醒下脳外科手術。作業療法士としてこの確認作業を担いたいと考えました。

覚醒下脳外科手術は40〜50例経験させていただきました。当時の日本で、覚醒下脳外科手術をそれだけこなしている作業療法士はかなり稀だったと思います。学会発表なども行うようになり、東京女子医大、順天堂大、国立がんセンター、関西電力病院のセラピストとともに、脳腫瘍をめぐる治療・リハビリについて情報交換をする「Tokyo OT Brain Tumor Network」というグループをつくりました。いまでもこのグループは続いています。

一方で、大阪医療センターはHIV感染症の治療に力を入れていて自分でも関わりのある症例が多く、その中でHIV感染が患者さんの認知機能に影響を及ぼしているかもしれないという感覚を持っていたので、そちらも研究テーマとしていました。HIV感染症患者コミュニティがあり啓蒙活動も盛んなサンフランシスコへ海外研修に行かせていただくなど、良い経験を積ませていただきました。

——認知機能とHIV感染症。少し距離がある分野に思えますが……。

たしかにそうですよね。でも、実際に研究を始めるとHIV感染症患者はウイルス性脳症により記憶力や注意力が低下しているケースが少なくないことがわかってきて、それまでの臨床で培った「脳をどう見るか、どう変えるか、どうリハビリに活かすか」という視点が役立ちました。数年後にHIV感染症由来の認知症が注目を集めるようになり、自分が目指していたことは間違っていなかったと手応えを感じました。

——その後、国立循環器病研究センターに転職されていますね。

もっと脳梗塞等の脳に障害を負った患者さんに対して深く関わりたいと思い、ナショナルセンターである天下の国循なら患者さんも多いし、アカデミックな研究もしやすいだろうと考え転職しました。ただ、実際には大きな病院なのでなかなかやりたいことをするのは難しく、臨床も忙しかったのであまり研究はできていなくて。原先生と出会ったのはそんなときでした。

循環器内科医の原正彦が2016年に大阪大学発ベンチャーとして立ち上げた株式会社mediVR
VRを活用したリハビリテーション用医療機器mediVRカグラの販売と、治ったときに治った分だけ費用をいただく世界初の成果報酬型自費リハビリテーションセンターの運営を行っています。

良質な医療機器を届けることで、広く世の中に貢献できたら

——何がきっかけだったのですか?

2016年に原先生が国循のリハビリ科に来て、カグラの構想を語ってくれたんです。周囲の人はあまり興味が無さそうでしたが、僕はめちゃくちゃおもしろそうだと思いました。医療機器の開発過程に関われる機会なんてめったにないし、作業療法士としての視点を伝えれば取り入れてもらえるかもしれない。なにより惹かれたのは、新しいことに果敢に挑戦する原先生の人間性です。循環器内科医がVRを使ったリハビリ用医療機器を開発するというギャップに驚きました。

原先生にご連絡したらすごくフレンドリーに「一緒にやろうよ!」と言ってもらえたので、就業後にミーティングに参加させていただくようになりました。開発過程では、リハビリの際に作業療法士が患者さんの何を見てどう判断しているのか、どんな声かけをしてどうすると効果が出やすいかをお伝えしていましたね。

——mediVRに転職したのはなぜですか?

いよいよカグラを販売していくフェーズになったときに、まず必要だったのは営業ではなく臨床や患者さんのことをよくわかっているセラピストでした。でも、まだ名前も知られていないベンチャーで働いてくれるセラピストはなかなかいません。それなら、この機器の良さを知っている自分がやろうと思いました。ずっと目の前の患者さんを良くすることに尽力してきましたが、患者さんの役に立てる医療機器を広く社会に届けることも立派なセラピストの仕事の1つだろうと考えたんです。

あまりにいい職場なので、同じ作業療法士の妻を呼び寄せてしまった

——国立病院からベンチャーへの転職。周囲からは反対されませんでしたか?

国循はナショナルセンターとしての研究機関で、大阪にそのような施設はほかにないですし、辞めるのはもったいないと言われました。同じ作業療法士である妻も、「将来どうなるかわからないベンチャーに転職するなんて」と不安そうにしていて。国循は家から近く子育てもしやすかったので、その点も大きかったようです。でも、原先生は育児にすごく理解がありますし、mediVRはフレキシブルな働き方ができる会社なので、むしろ家のことがしやすくなると説得しました。キャリアの面でも、新しいことに挑戦したほうがセラピストとして成長できるはずだ、と。

——転職してギャップはありませんでしたか?

病院にいたときは朝から晩まで休む間もなく動き回っていましたが、mediVRではちょっと手が空いたときにお菓子を食べたりもできて、いい意味で驚きました。忙しいときもありますが、ずっと頑張り詰めなくてもよく、メリハリがある。単刀直入に言えば、パウダースノーのような超絶ホワイト(笑)。子どもに対して余裕を持って向き合えるし、転職して本当によかったです。あまりにいい職場なので、妻を呼び寄せてしまったほどです。

これまでの臨床経験では「ありえない」と思うことの連続。だからこそ、その論理的背景を説明できるようにしていく

——作業療法士として、仕事のやりがいはどこに感じていますか?

患者さんが目に見えて良くなって、「楽しい」「もっとがんばりたい」「ありがとう」といった前向きな声が聞けるのはうれしいです。以前から会話や趣味の手品を通して患者さんに楽しんでいただくことを心がけていましたが、訓練そのものはどうしてもマンネリになりがちでした。カグラはゲーム性が高く、患者さんの能力に応じて難易度を設定して達成感を味わってもらえるので、リハビリへのモチベーションを高めることができます。高校生のときに思い描いていた理想のセラピストになることを助けてくれる機器だと感じています。

また、患者さんの認知機能等を確認しながら課題を設定するので、脳に関する興味関心も満たされています。

——mediVRカグラを使ったリハビリに自信はありますか?

自信を持って良いリハビリだと言えます。原先生と一緒に、たくさんの患者さんに変化が現れるのをこの目で見てきましたから。たとえば、左基底核脳梗塞後右片麻痺でSTEF(簡易上肢機能検査)が0点だった方が、20分1回だけのリハでいきなり23点になったこともあります。患者さんやご家族があまりに驚いて、「なんでもっと早くこのリハビリを教えてくれなかったんだ」と怒られたことも。

これまでの臨床経験ではありえないことの連続で、僕も最初は信じられませんでした。でも、徐々に論理的な背景や機序が説明できるようになってきています。これからも驚くことはあると思いますが、一つずつ解明していこうと思います。

——導入施設のセラピストの論文執筆もサポートされているようですね。

導入前の段階から「この機器を使って研究することはできるか」と質問されることもありますし、導入後しばらく経ってから「臨床データが溜まってきたけど、どう見せていくといいだろう」とご相談いただくこともあります。施設にとっては先進的な取り組みをしていることの証明になりますし、僕たちも多方面からエビデンスを確かめたいので、学会発表の切り口をご提案したり、ときには利益相反(COI)開示をしっかりと行いつつ共同で論文を執筆したりしています。

これまでに英語論文を3編、日本語論文を1編共同で書きました。日本で当たり前のように使われている良質な医療機器が海外では全く普及していないというケースは珍しくありません。日本のリハビリ、日本の医療機器がとても繊細で先進的であることを世界に発信するには英語論文を出すことが一番効果的なので、力を入れて取り組んでいます。

(参考)体幹失調を伴う小脳梗塞患者に対して仮想現実技術を用いたmediVRカグラによる介入が著効した1例

病院や介護施設の外にも、作業療法士が活躍できる場はある

——高い専門知識とスキルを持つ作業療法士ですが、それに反して社会からの知名度は高くなく、キャリアの重ね方に悩む方も多いと聞きます。

作業療法士になろうと思ったとき、キャリアについて調べがっかりしました。いちスタッフとしての給料は低いし、良くて病院のリハビリテーション科長や技師長、大学教授と天井も決まっています。大学の先生に進路について相談したら、「とにかく周囲より勉強して偉くなれ。そうしないとやりたいことは何もできないから」と言われました。大学院へ進学したのは、その助言と、「人と関わるのは苦手だし、研究のほうが向いているだろう」という自己分析もあってのことです。

でも、いざ臨床の場に出てみたら、意外と患者さんに接するのが向いているのではないかと感じたんです。やりたいこと・できること・得意なことは別で、まずは現在の環境のなかで、自分ができること・得意なことを通して貢献する。それを積み重ねていくことが大事なんだと気づきました。その結果こうしてヘルスケアベンチャーでのびのびと働かせてもらっていて、「病院や大学で偉くなる」以外の道もあったんだと自分のことながら驚いています。ひとつの場所、ひとつの価値観に囚われずいろんな世界を見ると、可能性が広がりますね

——将来的にはmediVRを飛び出すことも考えているのでしょうか?

興味関心があっちこっちに向かうタイプなので、もしかしたらそういうこともあるかもしれません。でも、いまは原先生から学びたいことが多すぎるし、仕事がおもしろすぎて。カグラを通じて患者さんやリハビリ業界に貢献することしか考えられません。今後5年、10年でmediVRはどんどん発展していくでしょうし、そこから目を離すのはもったいないと思っています。ずっと見ていたくなる会社ですね。

——キャリアに悩む作業療法士の方に伝えたいことはありますか?

普通は、「病院や介護施設で患者さんに接するのが作業療法士だ」と思うかもしれません。でも、最終的に目指すべきは、患者さんの身体や心、暮らしをより良い状態にすること。そのための方法として、僕は僕が良いと思う医療機器を世の中に届ける仕事を選びました。作業療法士が役立てる場所は、病院や介護施設以外にも世の中にたくさんあるのだと思います。

医療の世界は年功序列なので、熱意があって能力が高くても、やりたいことが思うようにできないという環境は多いはず。そんなときは、病院の外に目を向けても良いのではないでしょうか。

ただ、作業療法士としての能力や視点を十分に持っていないと、外に出ても何も意味がありません。実際に患者さんと接し、うまくリハビリを実施できた経験、できなかった経験を積むことで、良質なクリニカルクエスチョンが生まれます。だから、もし新しい可能性に挑戦したいという気持ちが生まれたとしても、まずは一定期間臨床経験を積んだうえで、キャリアについて考えることをおすすめしたいです。

「病院で働くこと」「企業で働くこと」を目指すのではなく、自分が最終的に何をしたいかを考えて、そのためのステップとして次の場所を選ぶ。そんな風にキャリアを選択し積み重ねていくのがいいのではないかと、僕は自分の経験から感じています。

(インタビューここまで)

2022年4月からセラピスト11人体制となるmediVR。リハビリセンター東京で働いてくれるセラピストを中心に、常時新しいメンバーを募集中です。https://www.medivr.jp/recruit/

■株式会社mediVR
HP:https://www.medivr.jp/
リハビリセンター:https://www.medivr.jp/rehacenter/
Facebook:https://www.facebook.com/mediVR.media
instagram:https://www.instagram.com/medivr.jp/

取材日:2021年12月8日
撮影:山中陽平  執筆:飛田恵美子


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