映画に描かれた未来は、もうすぐそこかも・・・
まるで神の手と言っても過言ではない、ゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」。
受精卵に手を加えて、生まれてくる子の目の色を決めたり、病気になりにくくしたり、IQを高めたり・・・なんてことも技術的には可能!?
そんなSFのような世界を現実に近づけた、ゲノム編集技術クリスパー・キャス9を開発し、2020年化学ノーベル賞を受賞したジェニファー・ダウドナに焦点を当てたノンフィクション『コード・ブレーカー』。
難しい内容を扱っているのに、読みやすくて、ワクワクして、ハラハラして、勉強になって、いろいろ考えさせられる。
面白いの一言では済ませられない超おススメ作!
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上巻は、クリスパー・キャス9が開発されるまでの諸々。
ダウドナが、女の子は科学なんかするもんじゃない、とか言われながらも科学者になった経緯や、後にノーベル賞を共同受賞するエマニュエル・シャルパンティエとの出会い、その他の多くの研究者との協力関係など。
ダウドナはじめ、描かれている大勢の科学者がエネルギッシュで協調性もユーモアもあって、格好いい。
クリスパー・キャス9が開発されるまでの経緯は、大まかには
細菌のDNAに、間隔をあけて繰り返される同じ配列が見つかり、
「クラスター化され、規則的に間隔があいた短い回文構造の繰り返し」(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)の略として「CRISPR」(クリスパー)と名付けられる。
さらにクリスパーの近くに、クリスパーと関連がありそうな、酵素を作る命令をコードしていると思われる遺伝子が見つかり、
「クリスパー関連」(CRISPR-associated)酵素、略して「Cas」(キャス)酵素と名付けられる。
その後、ヨーグルトメーカーの研究者が、
クリスパー配列は、細菌がウイルスの攻撃を撃退するためのシステムらしいぞと気づき、
人為的に新しい配列を作り、その配列をクリスパー・キャス・システムを使って遺伝子に追加することで、ウイルスに対する免疫を獲得させる、ヨーグルトの菌株への「ワクチン接種」を始めたりもする。
(ヨーグルトのワクチン接種っていう表現が、ちょっと面白かった)
そこから、
クリスパーを使えば、ゲノムを自在に編集できる可能性が!?
と多くの注目があつまり、クリスパー関連の研究が一気に加速。
キャス酵素にはキャス9以外にも多くの種類があるようで、最終的にキャス9にたどりつくまでの道のりだとか、
クリスパー・キャス9システムを機能させるには、ほかにもtracrRNAとかcrRNAといった重要な要素があることだとか、
多くの科学者がバトンをつなぐようにして、この仕組みを解明し、実用可能な技術を開発していく過程はなかなか感動的。
とても読みやすいので、へーと読んで納得した気がするんだけど、いざここで、じゃあクリスパー・キャス9の仕組みを簡単に説明できる?と言われると結構怪しい。
狙ったところでDNAを切断して、入れたい配列を追加できる。しかもそれが超簡単にできちゃう・・・っていうところが画期的なんだと思うんだけど、分かったようで、実はわかっていない可能性も。
そこで思い出したのが、以前に買ったこの本。
この本も、すごく分かりやすくて面白かった。
すごいなクリスパー!と思った記憶はあるんだけれど、中身はもうだいぶ忘れてる。
・・・もう1回じっくり読みなおしておこう。
そして、下巻。
下巻は、遺伝子編集の倫理的な問題と、新型コロナウイルスとの闘いがメイン。
特に印象的だったのが、『二重らせん』のジェームズ・ワトソン。
完全に歴史上の人物だと思っていたけれど、まだまだ達者で(?)ご存命。Wikipediaによると、1928年4月6日 ~で、2023年現在 95歳。
度重なる人種差別的発言で科学界を追放されていた、というのも知らなかったし、息子が統合失調症で、だからこそ遺伝子治療に特別な思い入れがあるという一面を知ると、少し切なくなってしまう。
ワトソンは、生殖細胞系列の遺伝子治療もどんどんするべき、という姿勢。
このワトソンの発言は、あまりに過激で問題がある。
「より良い人間」っていう、その考え方自体おかしい。
生まれてくる子の遺伝子を受精卵の段階から操作するって、いまのわたしの感覚では、かなり怖いし倫理的に問題があると思ってしまう。
でもたとえば、自分が重い遺伝性疾患を抱えていて、長く生きられないことが分かっていたり、耐え難い苦しみを経験をしたりしていたら・・・
自分の子どもには同じ苦労をさせたくない、と考えるのは当然の親心だとも思う。
そして、本の中でたびたび引き合いに出されていたのが、映画『ガタカ』。
1997年なので結構古い、この映画『ガタカ』(GATTACA)は近未来を描いたSFで、その世界では遺伝子操作が当たり前。
親は医師から、生まれてくる子について、
近視は避けとく?
若ハゲも避けとく?
肌の色はどうする?
・・・
などと質問され、それに応じて子の性質が決まる。
そして遺伝子情報によって、人間が「適正者」と「不適正者」に分けられ、適正者は優遇されるし、不適正者は差別的な扱いを受ける。
不適正者の主人公を演じるのはイーサン・ホーク、そしてほぼ完璧な遺伝子を持つ適正者は若き日のジュード・ロウ。これまた格好よかった。
25年以上前の映画だけれど、当時から見た近未来に、いまの状況は近づきつつあるのか?とか、遺伝子ですべて判断されてしまう世の中ってどうなん?とか、いろいろ考えさせられた。この映画も超おススメ!面白かった。
ほかにも下巻では、2018年に中国で誕生した遺伝子編集ベビーの問題も大きく取り上げている。
体細胞の遺伝子編集では、その影響が本人1代限りなのに対し、
受精卵のような生殖細胞系列の編集では、その影響が代々引き継がれる
という点で問題の大きさが全然ちがうらしい。
遺伝子編集技術を使って、あんなことやこんなこともできて、しかもそれが代々引き継がれたら・・・
未来の人類は、いまの人類とはだいぶ変わっちゃうかも??
いろいろ想像すると、楽しみよりも怖いほうが勝ってしまう。
上巻は、自然の探求おもしろいな、科学者の情熱すごいな、とワクワクしながら読んだけれど、下巻は読んでいて深く考えさせられた。
ここでわたしが科学技術の未来について思い悩んだところで、何がどうなるでもない。
けど、いまの技術ではこんなことが可能になっていて、こんな問題をはらんでいる、というのは、きっと多くの人が知っておくべきなんだろうだとも思う。
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日経サイエンス(2023.09)に、「雌ネコの避妊を注射1回で」という小さな記事が載っていた。
通常は開腹手術が必要になる雌ネコの避妊を、遺伝子治療の技術を使った注射1本で済ませられるようになるかもしれない(対照試験で効果が認められた)と。
ネコの体への負担も少ないし、いいことなのかもしれないけれど・・・
なんだろう、そんなに簡単にできてしまうのは、やっぱりちょっと怖い。
けど、いままで有効な治療法のなかった病気が、ゲノム編集で治せるようになると聞くと、やっぱり嬉しい。
良い悪いの線引きは難しいだろうけど、どうか明るい未来につながる技術になりますように。
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