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おばあちゃんだけど、時々転生代行救世主やってます 猫の日番外編

「ねぇねぇ、クロ。冷蔵庫のいちごミルク飲んでいい?」
 シロが冷蔵庫を開けながら強請ってきた。
 どうせ「ダメ」と言っても見てない内に飲むんだろうに…
 俺は溜息をつきつつ「どうぞ」と答えた。
 シロは「やった!」と喜びの声を上げつつ、いちごミルクをパックのまま口を付けて飲み始める。
「直接口を付けて飲むなって前にも言っただろうが」
「えー?いいじゃん。どうせ私しか飲まないんだし」
「それはそうなんだけど…」
 俺達が今居るのは喫茶店のような場所で、一応俺が店長というやつで、シロはウェイトレスという形で働いている。
 そして相手にしている客は人間ではなく、「あの世」と「この世」の狭間にある黄昏商店街という中途半端な世界で暮らしている鬼やら妖怪やらという人ならざる者達だ。
 そんな所で店を開いてる俺達も、当然普通の人間ではない。
 そもそも俺もシロも、元はただの野良猫だったんだが、野良にしては割と長く生きて、そして死んだ。
 まぁ生きてる頃は、お互い別々の場所で暮らしていたから、シロについてはシロ自身から聞いた話でしか知らない。なので、どこまで本当なのかは分からない…が、どうやら彼女は元々人懐っこい性格だったようで、「町内で飼われていた猫」とでも言うような?ともかく色んな人達に可愛がってもらっていたらしい。
 当然、飯も面倒を見てもらっていたようで、中にはシロ専用の餌皿を用意してる家もあったのだとか。
 そのせいか、甘え上手で世渡り上手、いとも容易く相手の懐に入り込み、皆に可愛がられるのも納得という猫だったらしい。
 一方俺は全く逆の性格で、人間を怖がる事は無かったけれど、懐く事も他の猫とつるむような事もしなかった。
 特に理由は無い。ただ、一匹で居るのが楽って話なだけだ。
 だから腹が減ればコンビニや飲食店のゴミ箱を漁り、雨が降れば適当に軒先を借りて雨宿りをした。夏の暑さも冬の寒さも、田舎で防犯意識が甘かった地域だったから、鍵の掛かってない納屋に勝手に入り込んだりしていた。
 それでもまぁ…よる年波には勝てない訳で。
 徐々に食料の調達が難しくなり、動く事すら億劫に感じてしまい、多少の空腹には目を瞑って日向で丸くなってる事が多くなった。
 そんなある日、俺の前にフラリと酒臭い人間の爺さんが現れた。
 爺さんは俺の事をジロジロと見ていたかと思うと
「なんだ、お前。随分とヨボヨボじゃねぇか」
そう言って軽々と俺をつまみ上げた。そして持っていたコンビニ袋にポイと入れると、そのまま自分の家へと俺を連れ帰った。
 その家はどうやら爺さんの一人暮らしなようで、お世辞にも綺麗とは言えなかったけれど、今迄過ごしてきた納屋だとかに比べたら雲泥の差であった。
 俺はそこで甘やかされたり可愛がられる事も無かったが、痛ぶられることも無く、付かず離れずな関係を保ちつつ爺さんと暮らす事となった。
 日中は陽の当たる縁側でのんびり昼寝をして、夜は爺さんが酒を飲みつつ昔の武勇伝やら最近の若者への愚痴をダラダラと話すのを聞き、その合間に酒の肴である刺身を分けてもらうという生活を送っていた。
 しかし如何せん、どっちも結構な年寄りだったもんだから、その生活もそう長くは続きはしなかった。
 先に逝ったのは飲兵衛で不摂生な生活をしていた爺さんで、俺が目を覚ましたら既に冷たくなっていた。
 鼻先に触れた手が驚く程に冷たかったのを、今でもハッキリと覚えている。

 時々撫でてきた、あの大きな手はあんなにも暖かかったのにな…

 俺はその時初めて「寂しい」と思った。出来る事なら、もう少し傍に居てやりたい気持ちもあった。しかし、ここでジッとしていても仕方ない。
 とりあえず、今迄世話になった礼もあったし、俺はヨボヨボと縁側から外に出て、隣家の主婦の元へと向かった。そして足元に座って「にゃあにゃあ」と鳴いた。
 普段から愛想が無く、殆ど動かない老猫の異変に何かを察してくれたようで、主婦は爺さんの様子を見に行き、その後家に救急車とパトカーがやってきた。とりあえず、誰にも発見されず、無惨な姿になるのは回避出来たはずだから、多少の恩は返せたのではないだろうか?
 それから間もなく俺も力尽き、気付けばこの黄昏商店街という所に居て、エンマというこの世界の神の1人に拾われた。
 更に人とも猫ともつかないこんな姿にされ、「その時が来るまで、ここで待っててくれ」と、この店を任され今に至る。ちなみにシロが来たのは、このだいぶ後だ。でもその時はエンマの言う「その時」では無かったらしい。
「その時って、いつなんだろうな」
「んー?」
 ポツリと呟いた言葉に、知らない内にクッキーまで摘み始めていたシロが聞き返す。
 そんなシロに気づかないフリをして、そろそろ仕事を抜け出して来るであろうエンマのために、コーヒーを淹れてやる事にした。


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