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”いいもの”をつくること

修士論文を出し、発表を終え、最後の夏休みがやってきた。
本来であればスッキリした気持ちで卒業まで遊び呆けていたかもしれないけれど、そうも言っていられない。

秋、卒業した後の進路がない。
就職先がない。

これまでの学生生活の中で就活をするチャンスは、つくろうと思えば幾度となくあったと思う。
でもそれ以上に、学生のうちにしかできないことや受けたい授業、聞きたい話が山ほどあって、「そんなこと」に時間を費やすのは勿体無いと思って避けてきていた。
だからこうなっていることは至極当たり前で、もっと早く就活していればよかった、と思っているわけではない。そこは後悔していない。

正確にいうと、将来について全く考えてこなかったわけではない。
ただそれらは全てまとまったものとしての”将来”であって、仕事だけでなく、それ以外の時間、いわゆる”暮らし方”も含めたものだった。

「人の生活を豊かにする空間をつくる仕事なのに、その仕事をしている人間の生活が豊かじゃないのはおかしい」
授業を切って、泊まって徹夜して。大学に入って建築を学び始めてからずっと持っていたこの違和感は、今も拭えない。

私よりも半年先に社会人になった友人たちと食事に行き話を聞くと、残業は当たり前、終電ばかりの時期もあって、すでに泊まりで仕事をしている人もいる。大手企業であれば残業代が出るだけまだいいが、小さな設計事務所だとそれすらもなさそうだ。
お給料も決して高くはないので、遠くても実家から通うしかない人も多い。
でもみんな決まって「そういうものだから」と言い、必死に働いている。

これまで建築以外のいろんな分野の人の話を聞き、一緒に活動し、ひたすらブルーオーシャンに向かって突き進んできた天邪鬼な自分は、まだ働いてもいないのに「本当に『そういうもの』でいいの?」と思ってしまう。

もしも本当に「そういうもの」なのであれば、それは私のポリシーに反することになる。私は建築業界で働くことはできないだろう。

建築に携わりたい気持ちは今でも消えていない。
高層ビルを建てたいなんてこれっぽっちも思わないけど(むしろいつまでそんな建物建て続けるの?と日々疑問を募らせている)、住宅は建てられるようになりたい。リノベーションで自邸や友人の家を建てること、そしてその他の店舗やコミュニティの拠点をつくることが、建築分野での自分の将来の目標だ。

でも、生活の豊かさ、心の豊かさを削ってまで建築を仕事にしようとは思えない。
仕事をする時間を削りたいから、ということよりも、日々の生活の中で体験したこと、感じたことが一番設計をする上で大切なことになるのではないか、と思うからだ。自分の暮らしが、設計にフィードバックされていくことが必要だと思う。

生活の豊かさをある程度保ちたいことや、大学に入ってからこれまでの6年間で建築よりもひと回り外側の領域についても学んだり活動したりしたことを考えると、ファーストキャリアは必ずしも建築業界である必要はないのではないか。そう考えるようになった。

しかしここで、これまでいろんな建築家の方から聞いた話が引っかかる。
それは、建築をやり続けていればどんなものもデザインできるようになるということ、そしてその逆、他のデザインをやっていて建築に戻るのは難しいということ。
だから建築を続けなさい。いろんなスケールのデザインをしたい、そういうと必ずこう言われてきた。

そこでまた天邪鬼な私が心の中で言う。
「本当にそうなのか?」と。

そう言っていたのは皆建築畑の人であって、どこかにその反例がいるのではないかとも思う。そして、全ての物事に「絶対」なんてないとも思う。
(ちょっと前の自分なら「絶対」があると思っていただろうけど、いろんな自然現象とか情報技術とかを学んだ今、そんなことはないと思えるようになった。大学・大学院へ行って一番変わったところかもしれない)

とまあ、あれやこれや考えて、いろんな人の話を聞いたり会社のことを調べたりしていくうちに、だんだん分からなくなってきた。
確固たる道というか、自分はここに行きたいんだ!みたいな確信というか。
仕事内容も大事だし、ライフワークバランスも大事だし、もちろん給料だって大事。自立したいし。こんなの、ただのワガママなんだろうか。

色々考えすぎて行き詰まっていたとき、恋人が一言、こう言ってくれた。「仕事とか、時間とか給料とか、そういう現実的なことを全て差し置いたとき、めぐむは何をしたいの?」と。

その質問にスッと、心の底から出てきた答えは、
いいものをつくりたい」だった。

それが、めぐむが一番大切にしなきゃいけないことなんじゃない?

自分にとって何をもって「いい」というのか、つくりたい「もの」は具体的に何なのか。そこはもう少し掘り下げていく必要があると思うけど、なんだかスッキリした自分がいた。

きっと、そのくらいシンプルでいいんだ。
建築一本じゃなくていいし、よくある働き方じゃなくてもいい。「いいものをつくる」という根底の欲求を満たせるように生きていきたい。そう思えた。

正直ここ半月くらい、半ば焦って就職先を見つけようとしていた自分もいた。年に数回しか夢を見ない自分が、その不安を夢に見ることもあった。
今もまだ見つかっていないし、目処なんて全く立っていないけど、今はなんだか、自分が心地いいと思える働き方や暮らし方に出会えるような気がしている。
これまで通りマイペースに、自分の意思を貫いていきたいと改めて思った。

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