見出し画像

【リヨン留学記】5話:夏と秋の間で

 わたしがリヨンに着いたのは10月のことであったが、街にはまだ夏の名残があった。風は湿っていてなま温かく、陽射しが燦々と降り注ぐ昼間ともなれば、みなタンクトップや半袖姿で過ごしていたほどだ。
 リヨンにはローヌ川とソーヌ川という2つの川が流れていて、外で過ごしやすい気候が続いていたために川辺にはいつも人の姿があって街は賑やかだった。若者たちが音楽を流しながら集まっていたり、女性陣がスモールトークを楽しんでいたりする。かくいうわたしも学校がおわった午後に、よくランチやコーヒー片手に川を眺めて過ごしていた。
 休日になると、世界遺産にもなっている中世の街並みが残る旧市街は観光客で溢れかえった。石畳の狭い路地はひどく混み合っており、すれ違うのもやっとだったけれど、そんな状況だというのにみんなの手にはカシス色や薄いクリームなどの色とりどりのアイスクリームがあった。そしてわたしもそんな人々の例に漏れず、とある休日あまりの暑さに耐えがたくなり、袖なしのワンピースを着てバラとラムレーズンのアイスクリームを買って食べたのだった。このように、リヨンにはいつまでも夏の光景がひろがっていた。
「毎年こんなに暑いの?」
 と、不思議に思ったわたしはオディールに訊いた。
 するとオディールは
「10月よ、ふつうではないわ」
 と言って怪訝な顔をして見せた。
 温暖化の影響かどうかは定かではないが、どうやらリヨンでも異常気象が起こっていたらしい。
 夏はいつまでも居座り続けていたが、秋の気配がないかというとそんなことはなく、夏の陽射しと気温の中で落ち葉が風にのってくるくると回る、不思議な光景が至るところにあった。他にも、歩いているとじっとりと汗ばんだが、ふと見上げるとフルビエールの丘に聳え立つ大聖堂の背景は、すかっと気持ちの良い秋らしい冴えた青空なのである。どうやらリヨンは今季節の間にいるらしかった。
 そんなある日、わたしが着いた日以来の強風がまたリヨンの街にやってきた。
 遮るものがない橋の上ともなれば、歩みを止めなければならない瞬間があるほど向かい風は強く、川沿いに立ち並んだ露店では風に煽られた商品がひっくり返り、ひどいものだとガラスが台から転がり落ちて割れ、悲惨な有様になっていた。あっちこっちで物音が鳴り響く、とても騒がしい日だった。
 そして人々を翻弄する風が吹いた次の日の朝、窓を開けると落ちついた涼しい空気が部屋に吹き込んできた。窓から顔を出して空を仰いで見ると、燦々と降り注いでいた太陽もすっかり力を弱め、薄く空に張り付いているのが見えた。
 どうやら昨日の強風が、とうとう夏を連れ去ってしまったらしい。そしてリヨンに秋がやって来たのだ。
 そう思うと、なんだかふとものかなしい気持ちにもなるのだった。まるでやんちゃで騒がしかった子どもが急に大人びた横顔を見せたときのように、去ってしまうと今度は物足りない想いが込み上げる。
 名残惜しい気持ちで少し感傷的になりながらいつも通り朝食を取って身支度を整えたわたしは、いそいそと秋物のコートを取り出し、学校に向かったのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?