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村上春樹(1986)『カンガルー日和』の読書感想文

村上春樹の『カンガルー日和』(講談社文庫)を再読した。1986年10月に出版されたものである。表紙と挿絵は、佐々木マキである。

「トレフル」という雑誌で、1981年4月から1983年3月に連載された短編小説が収められている。Wikipediaによれば、『トレフル』とは伊勢丹主催のサークルが会員に配る雑誌だったらしい。

この短編集は、村上春樹が、伸び伸びとしていて、真面目にお茶目な作品を書いている。

「タクシーに乗った吸血鬼」「とんがり焼の盛衰」「図書館奇譚」はコメディ色が強く、読んでいてとても楽しかった。

「ねえ、羊男さん」と僕は訊ねてみた。
「どうして僕が脳味噌をちゅうちゅう吸われるんですか?」
「うん、つまりさ、知識の詰まった脳味噌というのはとても美味しいんだよ。なんというか、とろりとしててね、それからつぶつぶなんかもあるし……」

村上春樹(1986)『カンガルー日和』p.215

「図書館奇譚」は、本を借りに来た男が、突然老人によって、図書館に幽閉、拉致監禁されてしまう話である。カフカの不条理劇のような雰囲気がある。この短編に登場する羊男が、のほほんとしていて、可愛げがある。ドーナツをかりっと揚げられるところも、高得点。柳の枝でぶたれ、年老いた男を怖がっている様子から、悪い奴ではないことがわかる。

「駄目になった王国」なんかは、目立たない男が傍観者として復讐を遂げてしまう話であり、とてもマッチョな作品である。面と向かって闘うことはしないし、対峙もしない。自ら手を下さずに、気に食わない男が自壊していく様は見届けたい、というどうしようもない願望が描かれている。村上春樹のマチズモは華麗な文体によって隠蔽されているが、ちゃんとその美しい絨毯を捲れば、床に蠢いている。

もちろん、男性読者へのサービス、女性読者への余計な警告という感じがするが、ホモソーシャルの澱んだ空気は面白がるのではなく、慎重に取り扱わなければならない、と思う。人の性根、本音、闇には細心の注意を払うべきなのだ。

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