見出し画像

最強のエレガンスを理解できない、最弱のファッション性の持ち主。

 小学生の頃、自分は着せ替え人形だった。気がついたら母が服を買ってきており、勧めるがままに着ていた。ラルフローレンやら何やらと名のあるブランドの服を着させられていたようだが、当時の自分にとっては「裸を隠すもの」くらいの感覚しかなかった。

 中学に入って、制服を着るようになり私服という概念が生まれた。ただし、日曜日も部活の試合があるため、1週間毎日制服生活。結局のところ、服に対する「裸を隠すもの」という概念がそのまま残ったどころか、着る機会すら減っていき、おしゃれという概念が芽生えることはなかった。クラスで洒落たカーディガンを着ていたり、カバンを一風変わったものにしていたりする友達が増えても、それらがなぜおしゃれとされ、おしゃれ要素とは何なのか全く理解できない。そしてそれは高校生の終わりまで続いていった。

 大学に入ると、突如として私服の文化が目を覚ます。365日毎日が私服。急に「他者から見られるもの」「自身に装飾を施すもの」としての服の概念が芽を出し、明らかに自分の認識がそれに追いつくことができなかった。自らの身長体重に見合ったものを見繕うものはおろか、流行り物、服の名前なんてものはもちろん全くわからなかった。正直言えば、チェックシャツがダメな理由はいまだにわからない。

 見られる意識が増し、アルバイトによる収入も発生し、さらに大学生なら服は自分で買うのが当たり前(普通に考えたら高校生でも自分で買うのが当たり前だと思うのだが)というのも合わさって、逃げ場を失った。自己表現としての衣服の魅力に微塵も気がつかず、ひたすら無難に、目立たず、及第点(全身ユニクロより一歩前進したくらいだと勝手に思っている)を目指してなんとか今も生き延びている。

 ヴィヴィアン・ウエストウッドが目指す生き方は、自分のそんなスタンスの対極にある。ギターをかき鳴らして自由を訴えるロッカーのように、パンクな服をデザインすることで社会に訴えかけたヴィヴィアン。それで次々と世間に賞賛される衣服を世に送り出すのだから、そのメッセージをきちんと届けたというのはすごいところだと思う。

 でも彼女の苦悩や挫折や葛藤が、ごくありふれたものに見えてしまったのはなぜだろう。あんな天才のはずなのに、ただのイカれたおばあちゃんに見えてしまったのはなぜだろう。自分の感性が、ファッション性が、彼女の魅力を受容できるほど発達していないからだろうか。

19年1月12日『ヴィヴィアン・ウエストウッド 最強のエレガンス』ユーロスペースにて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?