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自己肯定感が低くて「ほどよい暮らし」ができない

私と同じく、トラウマと共に生きている友人が、とある心理士さんのnote記事を紹介してくれた。

要約すると…
デフォが「自己否定」の側にある人は、いきなりマイナスをプラスに変えようとするんじゃなくて、まずはほどほどを目指そうよ、とのことです。

まずはプラスマイナス・ゼロの状態、すなわち「ほどほどの穏やかな日常」を目指すといいのではないでしょうか。生活にリズムがある、ちょっとした役割がある、外出や交流の機会があることなどが大切です。できれば、時には好きなものを食べ、よく干した温かい布団で休む、といった、ちょっと気持ちのいいことをする。そんな当たり前の日常を、取り戻しましょう。本来は、それが否定でも肯定でもない「ありのまま」の生活なのですから。

https://note.com/riranonaka2021/n/n0070aa45e8f4

「ほどほどの穏やかな日常」。
私はこれを「ほどよい暮らし(Good Enough Life)」と名付けることにした。
ほどよい、すなわち、"Good Enough"という言葉は、精神分析家のD.W.ウィニコットが提唱した「ほどよい母親(Good Enough Mother)」にあやかっている。

ウィニコットはこう言っている。母親は、0点でも100点でもダメなんだよ、と。
全く赤ちゃんに順応しないっていうのももちろん良くないんだけれど、
ほどほどに順応に失敗することで、万能感に満ちていた赤ちゃんが欲求不満を知り、現実世界に気づいていく。

たぶん暮らしも一緒で、セルフネグレクトみたいな0点の暮らしはもちろんだめだけれど、100点を目指す暮らしは苦しい。
ほどほどに手抜きをすることが、現実世界に適応するために必要なのではないか、と。

上の記事を書いてくださった心理士さんは、Good Enough Life(もう略してGEL(ジェル)と呼んじゃいます)の重要性を教えてくれていて、
まさにそうだよなぁ、まずは生活の基礎的な部分、ちょっとした心地よさを重視すべきだよなぁ、と思う。

まさにそう、なんだけれども、
私は「自己肯定感が低い人、強い自己否定を持っている人こそ、GELができないんだよ…!」と感じた。

強い自己否定を持っている人は、自分をケアすることが難しい。
普通の人が普通に行っているセルフケアができない。
洗面する、歯磨きする、三食しっかり食べる、お風呂に入る、寝る。
これが本当に難しい。
無意識的に自分をケアされる価値のある存在だとみなしていない、それどころか自分は罰されるべき存在だと思っている、という根本的な問題がある。
なんでわざわざ自分の健康を保たなくてはいけないの?
なんで健康のための食事をとらなくてはいけないの?
こうして躓いてしまう。

それから、強い自己否定を持っている人は、そもそも「今まで大切にケアされてこなかった」からこその自己否定を持っている事が多い。
え、食事ってカップラーメン以外にあるの?
え、お風呂って毎日入るの?
そういう常識がなかったりする。
「普通」の暮らしを知らない、分からない。
お風呂につかると気持ちが良いことを知らなかったり、感じられなかったりもする。

ちなみに精神科に入院したりを繰り返していると、もともとあった「普通」が壊れたりもする。
食事なんて全く気を使わなくても出てきたものを受け身に食べれば良いし、お風呂は週に2回と決まっていたりする。
入院期間の長い精神科の看護って、「普通の生活」を守ることに注力することがいかに大事なことか、つくづく思う。


じゃあ自己否定の強い人が0点の暮らしをしようとしているか、としたらそういうわけでもない。

自己否定が強いからこそ、「何らかの価値」を自分につけないと、自分が生きている価値のない人間だと思ってしまう
「何らかの価値」をつけようとするとき、それはGELをしてようがしてまいが関係ない。
「学校」とか、「仕事」とか、分かりやすい、他者評価されるものにしがみつきたくなる。

だから、三食忘れて仕事に没頭するとか、仕事に行かなきゃいけないから仕方なくお風呂に入るとか、
本来「GEL→プラスα」であるべきはずが、「プラスα」ばかり追い求めてしまう。

ちなみに私はといえば、今仕事を4本同時に抱えつつ、大学院に行こうと院試の勉強をしつつ、
食べ物は思いついたときにコンビニで買ったものを口にし、だから歯磨きのタイミングが分からなくて歯磨きもしてないし、お風呂は対人の仕事の前だけ入るような生活をしている。
そして今、あってもなくてもどうでもいいnoteを書いている。

抱えているものが多すぎて、「どのような優先順位ですべきか」と占い師に1万払って尋ねてみたけど、「まずは食べることや寝ること、生活の基本はできていますか?」と至極真っ当なことを言われて、「1万払わないとGELの大切さがわからない自分…」としょぼくれているところである。

自己否定が強い人こそGELを目指すべきなのに、自己否定が強いからGELがどうしてもできない。
このジレンマはいつになったら解消できるのだろうか。

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