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人生は思ったようにいかないもの【書評】トランジション ―人生の転機を活かすために ウィリアム・ブリッジズ

人生は、自分の思う通りにいかない。私も、その都度、挫折や失望を味わってきたけれど、だんだんと「うまく行かない」と自分で思うほど、すべてがうまく行っていないわけではないことに気づきつつある。ありきたりな言葉で言えば、人生に無意味なものなどないのだなと感じるのだ。

人生における「過渡期」を理解するために「トランジション」という語彙を知ると、世界を新たな目で見ることができる。誰にとっても過渡期は苦しいものだが、、その苦しみを乗り越えたときに成長がある。そして、成長のためには、誰もがトランジションという過渡期を経験するのだ。

「トランジション」とは?

「この本の主題とは、古い状況から抜け出し、過渡期のどっちつかずの混乱を経験し、それから新しい状況に向かってふたたび前進し始めるという、とても困難なプロセスそのものである。これからの議論においてこの三つのプロセスは非常に重要である。もう一度整理しておこう。つまり、どんなトランジションも(1)終わり(2)ニュートラルゾーン(3)新たな始まりから成っている」

一貫して、この3つのプロセス。「終わり」→「ニュートラルゾーン」(空虚感)→「始まり」というプロセスがこの本のテーマだ。

この重要なプロセスを「味わう」ことができずに、それを早めてしまったり、終わらせてしまったりしてはならない。全編を通し、オデュッセイアやエディプス神話などをメタファとして用い、トランジションを感覚として理解できるように導いてくれる良書だ。

人生とはトランジションそのもの

時折、人は、人生を一続きの「階段」のように見なしてしまうことがあるものだ。次の段階に進むにつれて「安定感」が増していく=「成長」と考えてしまいがちだ。また、人生の特定の年代に、危機が訪れるという考え方も一般的だ(厄年のような)。しかし、ブリッジズ博士によると、その見方は現実的ではない。

「重要なことは、一生の間に危機的な時期がきまって何回かあるのではなく、むしろ成人期には、勢いがある時と衰える時、変化の時と安定の時を繰り返すリズムがあるということである。人間の一生はほかの自然と同様、ほとんど観察しがたいほどの変化がゆっくりと蓄積され、それから、ある日突然に巣立ったり、氷が融けたり、葉が落ちるというようなはっきりした現象が現われるのである。私たちが理解しなければならないのは、中年のトランジションと呼ばれる現象ではなく、むしろそのトランジション・プロセスそのものなのである。」

もともと、ブリッジズ博士は40代の時に安定した教職を辞し、自らのトランジション経験をもとにこの本を書いている。今回の改訂版は現在70代のブリッジズ博士のこれまでの経験値が反映されており、いっそう、トランジションの考え方は精錬されている。

「もしわれわれが、トランジションの初版以降、学んだことを一つだけあげるとすれば、それは「変化は起こる」ということだ。そうした変化は今では普遍的なできごととみなされており、人はそれに前向きに取り組んでいかねばならないのである。」

人生は安定したものではなく、不安定なものだ。これが、事実なのだ。

このことは自分の人生を俯瞰してみる時にも理解できる。どれだけ成長し、どれだけ進歩したと感じても、やはり各段階ごとに苦しみがあり、その苦しみを脱した時に成長し、それをある周期で繰り返している、私は日記をつけており、過去数年の日記を見返すとそのことがよく分かる。

このように考えると「安定している」「順調に進歩している」という考え方が論理療法(REBT)で言う「非合理的な考え方」になりうることに気づく。例えば、人は容易に、次のような非合理的な考え方をすることがある。

「大人になれば、不安定な気持ちになったり、動揺したりすべきではない」
「一度、進歩をしはじめたのであれば挫折すべきではない」
「自分を確立したら、もう変わるべきではない」

ビジネス書や自己啓発本、多くの成功者が「完成した」自分を演出するからだ。しかし、実際には「成功した」と見える人であっても、常に成長の過程にあるのであって、絶えずトランジションを経験しているというのが、より柔軟で現実的な見方だ。

硬直した非合理的な考えにしがみつくと、当然、不安定な時期を経験するたびに「落ち込み」を選ぶことになりがちだ。「不安定になるべきではない」のに、何度も不安定さを経験する。それは「自分が、十分に成長していないからだ、こんな自分はダメ人間だ」と推論するなら、せっかくの成長の機会を失うことにもなってしまう。

トランジションという現実を受け入れるなら、もっと合理的に考えることができるはずだ。次のように考えるのはどうだろうか。

「大人になるということは、不安定な気持ちや挫折を前向きのエネルギーに変えていける力を身に着けていくということである」
「進歩とは、絶えず成長を続けるためにトランジションのプロセスを繰り返すことである」
「自分を確立するために、私はよりいっそう合理的な考え方を身に着けていける」

考え方が合理的・かつ柔軟になれば、人生で経験する浮き沈みには「意味」が付される。そして、前に向うことをあきらめたりはしなくなる。その苦しい期間に「意味」を見出せるからだ。

トランジションの「意味」

人生とはトランジションの連続なのだから、トランジションに「意味」を見出せるなら、人生にも「意味」を見出せるようになる。もし、そうでなければ人生は「しばしば挫折する苦しみの時間」とみなす愚に陥りかねない。

「個人的なトランジションにおいてしばしば体験する、まるでなにもかもが宙ぶらりんにされたような感覚は、何かの意味が見いだせれば……つまり、望ましい目標へ向かう動きの一部であるとわかっていれば、耐えられる。しかし、より偉大で有益な生き方と無関係だとすると、浮遊状態は単に苦しいだけである。」

ブリッジズ博士は「トランジションを分かっていれば・・・耐えられる」と述べている。これこそ、論理療法の「欲求不満耐性」を高める考え方ではないだろうか?

私が自己説得のためによく利用するメタファとして、筋トレがある。

筋肉に負荷をかけて、筋繊維を破壊し、また再生するときに、筋肉は大きくなり成長する。もし、少しのトレーニングで痛みを感じ、すぐにやめてしまうなら、筋肉は大きくならない。この場合、痛みには「意味」があり、それゆえに、自分は成長しているということを自覚できるわけだ。

親たちが子供に忍耐力を教えずにすぐに欲しがるものを与えたり、我慢させないで育てたりすることは、よりいっそう欲求不満耐性の低い(結果として不幸な人間)人たちを世に送り出すことになってしまう。トランジションは確かに苦しいものではあるが、そこには積極的な意味があるのだということ知らなければならない。

トランジションの概念をよく理解すると、心理療法についても新たに考え直すべき点があるのではないか?と思える。

ニュートラルゾーンと心理療法

トランジションの過程は「苦しい」ものだ。そこには、空虚感、むなしさ、これまでやってきたことが無意味に感じること、自分がバラバラに解体されるような感覚が伴うからだ。ブリッジズ博士の言葉を借りれば「多くの人々はニュートラルゾーンに入ると、本質的な空虚感を体験する。」

文豪トルストイの経験は、まさに彼がトランジションを経験し「ニュートラル」な状態にいたことを示している。

「昔の現実は色あせ、もはや何も確かな感じがしなくなる。作家レフ・トルストイは、彼自身が遭遇したその空虚感を見事に描写している。彼はこう書いている。「私は、私の中で何かが壊れたと感じた。それは、それまでの私の人生の基盤だった。いまや、私にはつかまるものが何もなかった。まるで、人生がそこで止まってしまったかのようだった」。

人はみな、人生の「意味」を思考し、志向するものなので、どれだけ成長を遂げ、成功を味わったとしても、このような不安を抱えることがあるものだ。そして、それこそが人生なのだ。

ブリッジズ博士は冗談交じりにですが、もしトルストイが心理療法を受けたらどうなっていたか?と考えさせる。

「私はときどき、もしトルストイが伝統的なセラピストのところに、彼の悩みを相談に行ったらどうなっていただろうかと考える。」
「あるいは、「あなたはいつも、みんながそんなふうに、あなたをからかっていると思うのですか」「最近、奥さんとの関係はどうですか」「あなたの子ども時代について話してもらえませんか」などと質問されるかもしれない。あるいは、もっと現代風の言い方が好きなセラピストなら、「そうだね、レフ。レフと呼んでもかまわないかい。これは、いわゆる『中年の危機』ってやつだよ」と言うかもしれない。」

論理療法の創始者、エリス博士は精神分析の効率の悪さ、時間がかかる割には即効性が無いことに失望し、フロイドと別れることになった。それゆえ、論理療法の大きな特徴は、短期的に効果を出せることです。論理療法のセラピーは1回の面接時間も比較的短いことで知られている。トルストイが経験した、トランジションに対して、論理療法ならどのように向き合ったかを思う。

そこにどんな歪んだ考えた(非合理的な考え方)があったかをセラピストは探るかもしれない。ABC理論で素早く自分の考えを分析し、それを論破するように勧めるだろう。行動療法的に、やる気はともかく行動するように促すかもしれない。

しかし、人が重要なトランジションのプロセスをたどっているとしたら、その時期に、治癒を早めようとするのは得策ではないのかもしれない。これは、論理療法だけではなく、多くの短期療法も同じだ。

トランジションに向き合う勇気

人生につきものの空虚感やむなしさは、時に、新しい扉が人生の前に開かれていく合図になっているのかもしれない。今、いる場所が、自分の居場所ではないことを、心の声が教えているのかもしれない。そうであれば、人生には、苦しさから逃げずに、その時間をじっくり味わうべき時があるのかもしれない。それが、今回、私が気づかされた大きなポイントだった。

「結局、トランジションはプロセスであって、三段切り替えのスイッチではないのである。外界での新しい「始まり」が明白になり、それが急速に進むような場合でも、それに見合う内的な自己再生や復帰はゆっくりとしか起こらないのである。」

人生に安定を求めるのは間違っている。成長というのは不安定と安定を絶えず繰り返すものだから。この現実的で柔軟な考え方は、セルフヘルプ心理学を習得するうえでも助けになる。

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読書感想文

大人のADHDグレーゾーンの片隅でひっそりと生活しています。メンタルを強くするために、睡眠至上主義・糖質制限プロテイン生活で生きています。プチkindle作家です(出品一覧:https://amzn.to/3oOl8tq