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アーユルヴェーダの世界#4 -ヨガ、インド哲学に触れる-

なぜこのテーマにしようかなと思ったかというと 今朝Facebookで見かけた投稿がきっかけなんです。

"本当はしたくないのに 今日してきます。"

だいたい何のことかは想像がつくと思います。そうですワクチン💉
私はどちらでも本人が決めたことならと思っているのですが この文言って言ってることが逆ですよね  心と思考なのか 心と行動なのか 

アーユルヴェーダに学ぶ中 ヨガをされてる方なら知ってる方も多いと思いますが

『アシュタンガヨガ ヨガの8支則』

という教えを知りました。
その中のヤマ.ニヤマの教えに 

アヒンサー (非暴力) サティヤ(正直である事)
というものがあります。

単純に人に暴力的になってはいけないのね とか
ウソをついてはいけないなど 対人へのイメージしやすいのですし コレは私たちも小さな頃から言われていた印象ですが
この教えのなかでは自分に対してもとても大切なことなのだと知りました。

今朝のFacebookで見たものは まさしくコレが出来てない状況だなと感じたのです。

まず 『本当は打ちたくない』 とわかっているのに 受け入れることにした。
それは なんらかの事情があり受け入れざる終えなかったという事なのだろうと……推測はできますが

打ちたくないという氣持ち
打つ決断をした氣持ちと

自分のどの感情がそう決めたのかなって納得していないままでいるのかなと感じたのです。

どちらの結論にしても 自分が納得していない状況は 自分に嘘をついてる事になる 
そして何より 

自分で自分を傷めつけていることにもなっている。

暴力と同じです。
それは 体だけでなく心にも。
私の感じているこの氣持ちは無視されていると……

今 このような似たケース 多くの方にも起きていると思うんですよね。
なぜそうしたくないのか?という氣もちの本質とその想いと逆の選択をした時に 

その理由にちゃんと自分の本心が納得できているのか?

このポイントはとても大切なのかなと感じたのです。

Facebookでお見かけしたその方は 納得していないとハッキリ言っているのですよね。
しかし 自分ではないところで自分軸ではない他人軸で決めてしまった。 
家族のためでも 大切な人を守るためでも決めたきっかけに納得しているなら良いのです。
ちゃんとその決断に自分自身も入れてあげましょう。
期日が近づいている。まだ時間はあるのなら自分の本心に向き合う 納得して受け入れる

私はアーユルヴェーダがきっかけとはいえ このヨガ哲学やインド哲学 アーユルヴェーダの教えなどを知った事はとても良かったと感じています。 
この複雑な社会の中で この教えは厳しくも感じるかもしれないですが シンプルなんですよね。
シンプルを難しいと感じているという事は 自分がたくさんを抱え複雑にしている証でもあるように思います。

そして子供たちの未来も守るためにも
みんながしてるからとかではなく 子どもともちゃんとお話ししましょうね。
強引な流れが迫っている社会の渦に巻き込むかどうかは大人の責任でもある。
ピュアな子どもたちは肌感覚でわかっているはずなんです。 とてもシンプルだから
しかし 空気を読む子ども 大人の顔色を見る子も多いから ちゃんと聞いてあげましょ。
自分のなかの自分と話すように。

YUKIKO


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